随談第491回 勘三郎随想(その22)

19.「つ」の章

勘九郎時代の十八代目勘三郎が、昭和六十年九月、『鏡獅子』を踊ったのは、二十歳のときの初演から十年たった三十歳のときだった。すでに初演から数えて五演目になっていたが、このときのことは、それに先立つ形で、NHKが『鏡獅子三代』というタイトルで、六代目菊五郎から、十七代目勘三郎を経てその子の勘九郎に至る三代の『鏡獅子』を題材にして、芸の秘密を探ろうというドキュメント番組を制作し、その過程を取材班が分担執筆の形で、同名の本にして出版している。

平櫛田中作の彫像を基に菊五郎の身体能力を運動力学的に解明したり、(「鏡獅子像」制作に際して、田中は菊五郎の身体をつぶさに観察し、また菊五郎もその要望に応じて、裸体の「鏡獅子像」を試作している)、弥生が手にする手獅子の構造を科学的に解明したりという内容に、当時勘九郎の若き勘三郎自身が全面的に協力して制作したユニークな番組だったのを覚えているが、勘三郎にとっては、祖父菊五郎と直接向かい合うことを可能にした、またとない機会であったに違いない。

勘三郎にとって六代目菊五郎は、現実には幻の存在でしかない一方、常に身近に意識せざるを得ない存在でもある。現に生母が菊五郎の愛娘であり、父十七代目がその女婿という環境にあれば、その名は常に、身近にいる誰かが口にするし、何より、勘三郎自身が、自分の芸の目標として、意識せざるを得ない。

父の十七代目勘三郎は、女婿ということは抜きにしても、六代目菊五郎の芸の継承者として、尾上松緑とともに最も重要な存在と目されていた。とりわけ、『髪結新三』『加賀鳶』『筆屋幸兵衛』などの、菊五郎が演出を完成した黙阿弥物の世話狂言は、ほとんどこの二人によって継承され、それぞれの個性の魅力で競合しつつ、棲み分けがなされていた。いままでも、たとえば『髪結新三』なら、松緑に学んだ七代目菊五郎と、十七代目勘三郎を受け継いだ十八代目と、両様の髪結新三をわれわれは楽しむことが出来たが、薄味ですっきりとした江戸前に仕上げた松緑と、江戸前は江戸前でも、陰影深く、複雑微妙な味付けの勘三郎と、それぞれの系譜はすでに現七代目菊五郎と十八代目勘三郎と、二代にわたっている。その背後には、六代目菊五郎の影が、いまも色濃く落ちている。

だがそうしたさまざまな演目の中でも、おそらく十八代目が、祖父六代目菊五郎を最も強く意識するのは『鏡獅子』だったろう。ほとんどを一人で踊りぬく舞踊であり、それだけに、芸としての純度が高いということもある。その意味では、『娘道成寺』も同じだが、もうひとつ『鏡獅子』には、先に述べたような成立の経緯がある。いま私たちが知る『鏡獅子』ほど、六代目菊五郎とそっくりそのまま向かい合える作品は他にない。

このときのNHKの番組自体も、きわめて意義深い内容であったと記憶しているが、その中で当時の勘九郎が取り組んでいる姿は、普通の意味での番組協力とは違うものを感じさせた。祖父六代目菊五郎の『鏡獅子』に肉薄できる好機として、勘九郎の側からも求めるところがあったであろうことを、見ている者にも得心させる姿だった。

結果として、この番組取材にあたっての体験が、十八代目にとって具体的にどういう意義付けがなされたかはともかく、二十歳の初演以来、少なくとも東京での所演は見つづけてきた私が、このとき三十歳で踊った『鏡獅子』をとりわけ印象鮮やかに思い出せるのは、おそらくこのときが、十八代目にとっての『鏡獅子』再発見の秋(とき)ではなかったかと推察するからである。あきらかに、このとき勘三郎は、父十七代目を越えて、祖父六代目をその眼差しの中に捉えていた。

父十七代目を越えて、という言い方が不遜な意味に聞こえたなら、それは私の真意ではない。しかし、父に学び、父を通じて祖父を、おそらく畏敬の念とともに見ているのと、敬意が漠然たる敬意に終らず、ある具体的な存在としてのすぐれた先達として眼差しの中に捉えるのとでは、おのずから別である。勘三郎が、父を越えて祖父を目標のうちに捉えたことを、私はこのときの『鏡獅子』を契機に察知した。不遜ではないまでも、かなりの大胆と自負がその陰に伺われた。

それまでの勘三郎の『鏡獅子』は、ひたすらに「一所懸命」だった。ひとつのところに、一心不乱に、懸命に立ち向かうひたむきさ。その美しさが、見る者を打ち、浄化する。その爽やかさ、そのカタルシスが生命だった。しかしその「一所」に「懸命」になる眼差しは、何を見ていたろうか?

だがいま、勘三郎は、見るべきものを見たのだ。在るべきもの、在るべき姿を見たのだ。その在るべきものを求めることが、すなわち、なすべきこととして、明確に自覚したのだ。勘三郎の前シテの弥生、後シテの獅子の精を見ながら、私が思ったのはそういうことだった。私はこのときの勘三郎を、美しいと思った。

同時に、勘三郎が文字通り歌舞伎の現在における第一線に登場したことを、私が、世人が、はっきり認識したのも、この前後ではなかったか。

(『鏡獅子』について勘三郎自身の談話を取材しているとき、私はひとつおもしろいことに気がついた。このNHKの番組に応じたときのことを、勘三郎は二十歳の初演のときのことと答えたのである。もしかするとこれは、とっさの場合の勘違いであるのかも知れない。だが、仮にそうだとしても、勘三郎のこの「勘違い」は私には興味深かった。勘三郎のなかで、六代目菊五郎の『鏡獅子』という「聖域」に肉薄することを通じて得たものが、「初心」として、揺るぎなく定着しているのに違いない。そう思って、わたしは、敢えてそれを勘三郎に問いただすことをしなかった。)

20・「ね」の章 (談話:『鏡獅子』について2)

―――『鏡獅子』は、去年(二〇〇七年)の正月に歌舞伎座で踊ったのが、初演以来できたかなという感じですね。三十何年かかって。で、あと何年踊れるかということになって、前にも言ったかもしれないけれど、もう毎年踊っていたい。回数を何回じゃなくて。やっぱり肉体が滅びていくわけですよね。それが味になって行かなければならないわけじゃないですか。これは紀尾井町のおじさん(=二代目松緑)の名言だと思うんですけど、ぼくが『車引』の梅王を習ったときに、オイ、お前ね、おれは若いときは梅王の格好がよくできたんだよ、でも心がわかんなかった。いまは心はわかるんだよ、でも格好がなかなか出来ないんだよ。だから、心と体がぴたっというのはなかなかないよって。

―――これはねえ、本当だと思うの。だからそういう意味で『鏡獅子』も、獅子はまあまあ、いつまでも出来るでしょう。けれど弥生は処女だし、容姿もあるし、体を維持して体を使って踊るものだから、そうなったときに、何時やめるかっていうことがいつか来るでしょう。でしょうけれど、それまでに、さっき言った聖なる山に行くとね、いま何合目まで行ったのかは知らないけれど、いまも山を登ってるんですよ。ただその山の登り方がね。

―――まあ稽古はいろいろしました。したんですけども、ただこないだの一月は、一カ月のうちに一日ぐらいでしたね、ちょうど菊之助の見に来た日が駄目だったってあとで笑ったんだけども、あの日だけでしたね、なにか雑念が入ったのは。あとはほとんど無心でした。だからおこがましいことを言うと、お客さまが入っていなくても、踊れた感じがするんです。

―――『鬢(びん)水(みず)に」っていうところで自分の顔を鏡に写す振りがあるんですけど、調子がいいと自分の顔が本当に写るんですよ。錯覚ですよ、もちろん。だけどそれが非常に多かったっていうか。いろんなこと考えない。ただ音楽が鳴る、体が動く、気がつくと終ってるって感じ。それは扇を落そうと(まあ落さなかったですけどね、たぶん)関係ないんですよね。何故か、なんかそういう風な状態でした。また今度やったときにどう変わるか。それはまだわからないんですけど、そんな風な『鏡獅子』でしたね。

―――初演の時ってそうなんですよ。教わった通り。そりゃあもう船頭がいっぱいいたから。宗家(=藤間勘十郎)でしょ、家の親父でしょ、それから家のおばあちゃん(=六代目菊五郎未亡人)がいた、おふくろはまた、ちょっと陰の方で口を出すし、それから西川の家元(鯉三郎)が教えてくれた、それと若村菊さん、それは錚々たるメンバーだ。そういう人たちが教えてくれたことを忠実にやった。初日に獅子が終って引き上げてきたら、それしか覚えてない。無我夢中ってやつね。そうすると、まあまあ、よかったって言われたんですよ。可憐だとか。当り前ですよ、まだはたちで何も出来ないんだから。

二回目にやったときは、なぞったんですね。自分じゃできなかった。もうやめようかなって思ったんですけど、いやそんなことはないっていう。そういう状態がしばらく続きました。

―――転機といえば、いろいろなところで話したことですけど、松竹座の杮落しの時の初日、新しい劇場なのでツーンと桧の匂いがしてね、ああこういう感じか、ってのがまずひとつありました。あともうひとつは、あの9・11。あのときぼくはアリゾナに行ってて帰れなくなった。岡山の後楽園で「かがり火歌舞伎」というので『鏡獅子』を踊る約束をしていたんで、何とか帰ってすぐ、後楽園のお城の前で、ぶっつけ本番で踊った。準備も何もない。そのときにね、よかったんですよ。追い込まれてるし、見せようとか何とか、そういうことがない。ああ、こういう感じなんだ、っていうことを思った。何か漠然とですけど。それからまた稽古をやり直して、それでこないだ、非常に気持よく踊れた。これが続くかなと思ってるんですけどね。

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