随談第517回 勘三郎随想(その37)

46.「せ」の章

(談話・歌右衛門の教え、思い出の先輩たち)

―――このごろテレビの歌舞伎チャンネルっていうので昔の方の芝居をやってますけど、みんな大したもんだなと思いますねえ。こないだも『忠臣蔵』の「九段目」を見ましてね。歌右衛門のおじさんの戸無瀬でねえ、鴈治郎のおじさんが本蔵やってんですよ。よかったなあ。大星が寿海さん。これがまたいいのよ。それで神谷町のお義父さん(=中村芝翫)が、まだ若いときなんだろうね、お石。それから山城屋坂田藤十郎さんの小浪。いまと全然違う、若くてこんなに太ってんだけどさ。それで延若のおじさんの力弥。古風で、やっぱり凄いなと思いますね。

―――で、歌右衛門のおじさんの思い出というと、ひとつ挙げろと言われりゃあ、見て凄いとかいうよりも、教わったことの凄さだね。いろいろ教わってますけども、『鳴神』の絶間姫を教わったんですよ。おじさん、絶間なんてもうその頃はあんまりなさってなかったんだけど。で、そのときに、ボクが「アノ雨が降るかえ。雨が、テモマア不思議なことのお」ってセリフを言ったら、「あんた駄目だよ。全然不思議じゃないわ」って。あの歌右衛門のおじさんて人はね、ああこんな人なんだなあって、しみじみ思わせられるように、(声色で)「雨が降っ、てもまあ、ふしぎな、ことォ、のおお」って言わなきゃいけないって言うの。ほんとに不思議じゃなきゃいけないって。これ、うちの親父と一緒なんですね。古典であろうと、何であろうと、そういう気持がなきゃ駄目なんだっていうことを教えてくれたんです。

―――それから、まだボク、やってませんけど、玉手。(声色で)「干割れに洩れる細き声」っていうんだよ。ここのね、柱からひびが入ってる。そこからコウ、中へ、おかあさんのところへ、(声色で)「かかさん」っていう風に言わなければ、って。それから、三つおこついてこうやるところね、ビデオ見たって教えてくれないからねって。二日間、ほんとによく教えてくれました。(声色で)「寅の年、寅の日、寅の刻」。ぜんぶ音(おん)を変えなさい、って。とにかく怒られたんだ。

―――それでね、ものすごく怒られて、で、一週間か十日たったら、電話があって、ある役者さんに教えるから、それを見とくのも勉強になるからって呼ばれて、で、行ったんです。その方は、俺が怒られてるのと同じこと全部やってんだよ。ところが、おじさん何にもいわないの。(声色で)「いいよ、あんたいいよ」って。俺ねえ、これだけいまだに謎。なんでそれをいいよって言ったのかなあって、いまだにわかんない。だって俺がいつも怒られてたところを、その人も間違えてんですよ。それをほめてんだもん。よくやったよ、って。ずーっと、いまだにわかんない。これはわからない、いまだに謎。

―――やっぱり、厳しく教わったのが、いまになると、ありがたいと思いますね。だって怒られなかったらわからないもん。怒られたからこそ、わかるわけですよ、違いが。怒れられたときはこわいなとかいろいろ思うけど、やっぱりありがたいなと思いますよね。そういうの見ると、おじさん、あれほんとにうまいと思ってるの? いやそんなことないだろう、と。訊けないしねそれは。ほんとにあれがいいんですか、なんて訊いたら、ウルサイッなんて言われたらおしまいだからさ。それがなんというか、歌右衛門のミステリイというか、でしたねえ。

―――最後に言われたことは、舞台を大事にしてちょうだいねって。二人っきりのとき。ノリアキちゃん。ボクのこと、ノリアキちゃんて言ってたんですけどね。ほんとにね、舞台を大事にしてちょうだいよ、これからも、って。これは守ってる。ふざけない。ともすると家の親父なんか、投げたりなんかしたっていうけど、それはうまいから投げたんで、ボクはおじさんの、舞台を大事にしなさいっていうのはね、これは守っていますね。そりゃ、巧い拙いはわかりませんよ。けど、やっぱり、そりゃ疲れてるときだってある熱のあるときだってあるけれど、でも、大事にしろっていうことは、子供たちにも、ぼくがそれをやらなければ言えないですから。これはおじさんのあの歌舞伎座のあの大きな部屋で、二人っきりで。駒助さん(歌右衛門の門弟)がわざわざ呼びに来て、あれはもう、忘れられないですねえ。

           *

―――それから白鸚のおじさん。高麗屋。よく可愛がってくれた。大好きだった、小さいころ。こないだも染五郎が来たとき言いましたけど、年始回りが一時間半早くなりました。おじさん死んじゃったら。ま、一時間半はオーバー、一時間早くなった。おじさんのところ行くとね、オイオイ上がれっていうので、で、カティ・サークどぶどぶついじゃって。でもおじさんあんまり飲めないんですよ。そんなのがねえ、俺が行くとね、いろんな話を聞いてくれるの。いいおじさんでした。だから、今度のおじさんの(二十七回忌の)追善にボク出られないんで、それじゃあてんで、染五郎が教えてくれっていうんで、本当に一生懸命で、それで『鏡獅子』を教えようってことになったんです。

―――白鸚のおじさんの役のなかからひと役挙げるとしたら、やっぱり『関の扉』の関兵衛はいいねえ。あの博多人形みたいなの。

―――あのね、白鸚のおじさんに、ぼく、弁慶習ってるんですよ。ねえ、弁慶ですよ。『勧進帳』の弁慶。一日だけやったの。歌舞伎座で。あのね、子供歌舞伎教室ってのがございまして、富樫が歌六、義経が家橘、で私が弁慶。おじさんに手取り足取り教わりました。高校生のとき、いやもっとですよ、十七、八ぐらいだったかな。

―――いや、それ知ってたら朝早いのなんか構わず見に行ったのに。

―――ハハハ。いや、教わりましたよ。数珠の扱い方とか、いろいろこまかくね。

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―――それから鴈治郎のおじさん(=二代目)だねえ。いや、この万野なんてものはねえ。十兵衛、万野、『封印切』、『河庄』ももちろんだけど、あと、『桜時雨』じゃなくて『桜吹雪』という、何か、芝居が大阪で出たんですよ。何だかわかんない、こういう二つ折りの帽子かぶってね、瓢箪叩きながら出てくるだけの役。桜の花の中から。あんなの誰も出来ない。ハハハ。もっといやあ、俳優祭でやった『白雪姫』の七人の小人のねえ、小人。

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―――あの人のこの役、というようなの、ありますか?

―――ああ、浅尾奥山さんの義平次って、よかったですね。あれは家の親父が、女形なのに義平次させたんだろうけど。壮絶な感じでね。

それから、好きだったのは幸雀さん。松本幸雀。あの人がね、『刺青(いれずみ)奇遇(ちょうはん)』で、お仲がもう危ないって言うことをいうために、こう引っ張っていくんですよ、半次さん、半次さん、そんなに長くかかんのかっていうとね、小さい声で「・・・」ていうだけなんだけどね、それで全部わかるわけ。それから『瞼の母』の歳とった娼婦。よかったなあ。

―――それから(助高屋)小伝次さんの『一本刀土俵入』の老船頭。それから斧九太夫ね。『忠臣蔵』の。(声色で)「バカバカシイワエ」って、真似したもんなあ。

それから(坂東)弥五郎さん。番頭長九郎。『法界坊』の。ぼくが、やって下さいって言ったら、「じゃあ早く、あなたねえ、早く法界坊やって下さい」って。「秒を急ぎます」って言われた。もう、駕籠を持てないでしょ。駕籠なんか持てなくていいって。秒を急ぎますって言ってました。よかったなあ。

―――助五郎も惜しいねえ。こないだの山田洋二さんの演出の『文七元結』。彼を撮ってもらいたかったのもあるんだけど、間に合わなかったねえ。藤助さん、よかったんですよ。角海老から迎えに来る、藤助さん。いかにも吉原から来た人だったんだよねえ。芝居なんかしないんですよ。ガラガラって開けて、オッと入ってきて、「イヤどうもすみませんねえ」なんて。もう、なんか、一緒にやっててとっても楽しかった。若いのとやるとこっちがくたびれちゃうけど。

藤助は子団次さんのも、よかったねえ。

―――アッ(手を叩いて)、我童のおじさん。好きだったなあ。『封印切』のおえんとかね、一文字屋お才とか。それから夕霧、南座でやった。これはもう、絶品でしたよね。上等の、いいお人形。わかるでしょ? (声色で)「なんや知らんけども、あちらへ三歩、こちらへ三歩、うろうろしてたら、そのうち幕や」って。ははは。

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