随談第603回 寒中御見舞い

新年のご挨拶をし損ね一月も末になっての寒中お見舞いということになりましたが、ともあれ今年もよろしく願いあげます。別題・出し遅れの証文集? まあ、ごくエッセンスだけということで今回はご容赦願います。

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まずは三代同時襲名からというのが、ものごとの順序というものであろう。中心になるのはもちろん新・幸四郎なわけで、『車引』の松王丸に『勧進帳』の弁慶という披露の役いずれも、幸四郎という名に懸けての選択であろう。どちらもまずは真っ当に及第点、新聞にも書いたが、弁慶で幕外に一人立った時、やり遂げたという思いが全身から吹きこぼれてくるような概のあったのが印象的であった。今月はこの二役、来月は大蔵卿に熊谷と、高麗屋・播磨屋双方の、単に当たり役というだけでなく、芸のエッセンスが集約されているような役々を披露の役として選んだところに、新・幸四郎の意欲と同時に視野の広さというか、目指すところというか、己を知るところというか、いろいろなことが窺われて興深い。

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『勧進帳』は、幸四郎以外のことでもいろいろ見るべきものがあって面白かった。

吉右衛門が富樫を付き合ったのは叔父として当然だろうが、この富樫の凄いこと。これが、芝居だから台本に従って筋が運ぶが、もし相撲だったら・・・? と、つい思ってしまうほど圧倒的であった。これも、吉右衛門流の新しい幸四郎へのはなむけであり、愛の表現であろう。

新・染五郎の義経も貴重なものを見た思いがする。もちろん、12歳の義経というのは襲名なればこその配役だが、そこに却って、『勧進帳』の義経というものへ日本人が託してきた思いが浮き彫りにされるかのような面白さがあった。三蔵法師にしても義経にしても、純なるものこそ儚く、か弱い。それを守り抜く者に託する思い。それにしても、染五郎の眉がすばらしい。まさしく、眉秀でたる若人、である。

歌六の常陸坊、芝翫の片岡八郎のこの立派なこと。そこで思うのはこの四天王で『勧進帳』がもう一組、二組できそうだということ。芝翫の弁慶に歌六の富樫(この逆もちょっと見てみたい)に鴈治郎なり愛之助なりの義経という、相当なレベルの『勧進帳』トリオがこの四天王でできそうだ。

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『車引』では勘九郎の梅王丸が素敵な出来であった。おとっつぁんの十八代目勘三郎がまだ二十歳過ぎぐらいの頃に吉右衛門の松王丸・梅玉の桜丸で梅王をつとめた時の映像があるが、それをそのまま再現したかのよう。技術的にも肉体的にも困難を極める、角々の見得をあれだけ見事にしてのけた例は、この映像の先代勘九郎と富十郎しか、私の見た中では思い当たらない。

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しかし今度の三代襲名で私が最も興深く見たのは新・白鸚の松王だった。幾度も見てきたこの人の『寺子屋』だが、それらをはるかに突き抜けている。「以前の通りやっているのですが今度の白鸚の松王は違うと感じていただけたらと思います」と自ら語る、その通りになっている。急所は首実検で「でかした源蔵、よく討った」といって首桶の蓋をガタガタさせて首になったわが子を見た親の苦悩なり動揺なりを表すようなサマを一切見せない。それでいながら、松王の肚の内を十分に見るものに思わせる。ああ、白鸚もついにこういう境地にまで至ったのだ。作秋見た『アマデウス』のときと一脈、相通じるものである。

梅玉の源蔵もさすがという趣き、魁春の千代は当節この人を以って第一人者と目していいであろう。雀右衛門の戸浪も役にふさわしい人の演じている、おのずからなる良さがある。左團次の玄蕃も、幾度見たか知れぬほどだが、この顔ぶれでの玄蕃として最もふさわしい玄蕃であろう。

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序幕に『箱根権現躄仇討』が『誓仇討』というタイトルで出た。昭和53年に先の白鸚の滝口上野、歌右衛門の初花、十七世勘三郎の勝五郎で出た以来だが、実はこの大顔合わせより、昭和40年二月の歌舞伎座で当時谷間の世代と言われた人たちを集めた一座の興行があった時に、延若の上野、先の雀右衛門の初花、三世猿之助(つまりいまの猿翁だが、こういう話をするときにはこの名前はふさわしくない)の勝五郎に、市村竹之丞だった富十郎の折助に、中村霞仙の老母早蕨という配役でしたのが忘れ難い。そのあと、昭和46年の正月に(これが結果的に東横歌舞伎最後の公演となった)片岡孝夫の上野に玉三郎の初花、現・田之助の勝五郎というのがあって、田之助の紀伊国屋の人らしい二枚目ぶりが目に残っている。こういう、大歌舞伎と中芝居・小芝居の入会地で演じ継がれてきたような狂言は、大立物の大顔合わせよりも適任者の揃った小体な座組でした方がしっくりする。その意味で、今度の勘九郎、七之助、愛之助に秀太郎という配役は、今日での好配役であり、どうして今月のようお祭り騒ぎの中で出たのか不思議な気がするが、何はともあれ、これだけの顔ぶれで出せたことは、この貴重な、愛玩に値する作が、今後数十年、長らえるだけの条件を作ったことになる。それにしても、国立の『小栗判官』とこの『躄仇討』と、躄車を引いた道行を同じ月に見るとは、いまどき稀有な体験であった。

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その国立の菊五郎版『小栗判官』だが、一にも二にも、菊之助判官と尾上右近の照手姫というカップルが命綱、別の言い方をすればこの二人あってこその舞台であった。耳にした限り、面白かったという声をあちこちで聞いたのは何はともあれめでたいことだ。説教節以来の日本的物語世界の生み出した、男女が会っては離れ又巡り合うメロドラマというのは、かつての『君の名は』を持ち出さずとも、今なお我々の感性の底流をなしているのかもしれない。

それにしても、かつての猿之助版の、とりわけ「浪七内」から「檀風」のどんぶりテンコ盛りの上にてんぷらを50センチも盛り上げた天丼のような大車輪・大サービスを思い出すわれわれ高齢者層には、腹八分とも腹七分とも見える、器にぽっちりお上品に盛った、低カロリーを旨としたような菊五郎版は、糖尿病対策としてふさわしいかもしれない。

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新橋演舞場の『日本むかし話』で鷹之資の一寸法師が素晴らしかった。まさしく富十郎の子であることを確認させた。

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浅草の花形歌舞伎を、今月一番面白かったという声がある。確かに、と私の中でもうなずくものがある。松也と巳之助の『御浜御殿』はともかくもこの芝居の面白さを実感させたし、隼人の『鳥居前』の忠信の役者ぶりにはオヽと目を瞠らされた。他の面々もそれぞれに健闘、どれも好舞台だった。

ところでこの公演のもうひとつの傑作は、筋書と称して売っているパンフレット掲載の出演者の写真で、最近よく見かける、じつはアルバムかと見紛う類いのものと一線を画している。どの写真もそれぞれに興味深いが、かつてのSKDの男役を思わせるような米吉と(宝塚ではなくSKD風であるところが面白い。阪急電鉄沿線の山の手令嬢を相手の宝塚と、浅草を本拠にしたSKDとではおのずから味わいを異にしていた。ちょっぴり下司でマッチョな風のあるところに、SKDの味があった)、往年の銀幕スターを思わせる(まるでむかしの上原謙みたいだ)錦之助のが、私はひときわ気に入った。いずれも、一種の「俳優論」になっているところがミソである。

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協会側・貴乃花側、泥仕合の深みにはまり込んで闇試合の様相を呈している中、初場所の栃ノ心の優勝はまさに泥中の花であった。4年前、怪我で幕下まで陥落して再起した当時の土俵を見たことがあるが、それまでののっぺりしたイケメン力士とは見違えるようなたくましい風貌に変わり、風格すら備えた姿は幕下の取組の中でひと際目立った。以来、栃ノ心は私の贔屓力士の一人に加わることになった。まもなく十両に復帰し、折から台頭してきた照ノ富士や逸ノ城と優勝を争うなどして幕の内に戻った時は、当時もこのブログに書いたと思うが次期大関候補の筆頭かとすら見えた。

今場所の白眉は御嶽海を吊り出しで破った一番で、当って出る相撲ばかりが良しとされる昨今の相撲で、本当に久しぶりに見る吊り技だった。柏鵬時代前期、明歩谷(みょうぶだに)という、栃ノ心をもう少し細身にしたような体つきの、吊り技一点張りで起重機という仇名の力士がいた。ある場所、まだ大関だった柏戸と大鵬と三人で優勝決定戦を戦ったのがこの相撲取りの生涯のハイライトだった。結果は二人に負け、柏鵬両力士は横綱に同時昇進したのだったが、その後まもなく、焼失したまま久しかった浅草寺の仁王像が再建されることになり、この明歩谷が仁王様のモデルになるということがあった。だからいまも、浅草寺に参って仁王様を見れば明歩谷を偲ぶことができるのだが、そんなことを知る人も覚えている人もわずかなものであろう。

明歩谷のような吊りのスペシャリストでなくとも、吊り出しという技、決まり手はかつてはごく普通に見かけるものだったが、最近はめったに見なくなった。押したり引いたりがほとんどで、四つ相撲の角逐が稀になったからだが、四つ相撲があり、寄り身があり、押しがあり突っ張りがあり、投げ技があり、足癖がありするからこそ、取り口が多彩になり、その上にそれぞれの技のスペシャリストのような力士がいたりしたから、各力士相撲ぶりに個性があって面白かったのだ。横綱栃錦と大関若乃花の対戦で(いわゆる栃若時代よりこの当時の方が熱戦が多くて面白かった)、二場所続けて栃錦が若乃花を吊り出しで破ったことがある。栃錦は別に怪力というタイプではなかったが(怪力というなら若乃花の方が怪力だった)、一瞬の呼吸と技で吊り出したのだ。

栃ノ心を次期大関候補として期待したい。若手も結構だが、彼のような心技に蓄積のある力士が活躍するのは味わいが深い。(安美錦のアキレス腱断絶の時の相手が栃ノ心だったのは、何とも皮肉なことではあるのだが。)

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