随談第14回 上村以和於野球噺(その5)

前回古田のスーツ姿の話をしたが、もう少し続きをしよう。

去年のスト騒ぎのときに、オーナー連と時間ぎりぎりまで交渉しその足でナイター球場へ駆けつける。そのときのスーツ姿が、とても野球選手とも思われない板につき方だったわけだが、あんなに板についてしまうところが、古田のエイリアンたる所以なのであって、野球選手としては実を言うと少し似合いすぎるのである。

もう三,四年も前、脚光を浴び出した頃だからいまなら違うだろうが、ソフトバンクの松中が何かの表彰を受けた時のスーツ姿なんてものは、とても見られたものではなかった。体育会の高校生がひねたようなものだった。松坂がプロに入った当初のスーツ姿というのも、そういえば妙なものだったが、まあ、あれでいいといえばいいのである。あれで、永年スター選手として人目にさらされていくうちに、清原ぐらいにはなるにちがいない。

清原といえば、今年に入ってからの、つまり頭を丸めてからの人相の変わり方というのはなかなか興味がある。表情が明るくなったのは、誰もが言うとおり、いきづまりが行くところまで行ってかえって吹っ切れたのだろうが、あのコワモテぶりというのはたいしたものだ。体形とか、想像するところの性格やらなにやら、かつての別所といろいろな点で似ているように思うのだが、大河ドラマで比叡山かどこかの僧兵の役に使ってもよさそうだ。

荒事というのを説明するのに、いまならスポーツ馬鹿みたいなものとよくいうのだが、男は単純にして明快、強いこと、たのもしいことがそのまま、人間としての魅力になったらたいしたものだ。なかなか、そううまくはいかないのは、野球選手といえども齢を取ればそれだけ人生の汚濁にまみれなければならないからだが、比叡山の悪僧に見立てられるなぞは、おそらく上の部といっていいだろう。つまり、あれでもうちょっと、おのずからなる愛嬌が出るようになれば、武蔵坊に見立てる目も出てくるわけだ。

先に小宮山をどこかの企業のエンジニアに見立てたが、むかし阪神のエースだった小山などは、芥川比呂志が、テレビのお陰で世の中には自分に瓜二つの人間がいることを知ったといって喜んだほどの知性派ぶりだった。ツーアウト満塁のピンチに次打者をショートフライに打ち取り、吉田が取ってスリーアウト、ほっと表情を緩めたときの顔がとりわけそっくりだったというのだから、芸がこまかい。

さらにひと昔前、巨人で三番の青田、四番の川上のつぎに五番を打っていたのはレフトの平山だが、塀際でジャンプして敵のホームランをレフトフライにしてしまうのが十八番だったこの人は、職人、それも板金とかブリキとかを扱うような、女っけとはあまり縁のなさそうな男っぽい、オッサンみたいだったので、ほんとうにオッサンという仇名だった。

ついこの間、『エノケンのホームラン王』という1949年制作のなつかしの映画にテレビで対面したが、三原監督以下、巨人軍選手総出演が売りのこの映画の中で、(つまり一リーグ時代最後の巨人軍のメンバーが見られるわけだ)三原、川上、千葉、中島康治などと並んで、セリフがもっとも多いのが平山だった。

昔のプロ野球選手には個性的な顔がいろいろあったという、年寄めいたオハナシである。

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