随談第18回 上村以和於野球噺(その6)

「野球噺」は前回でいったんおしまいのつもりだったのだが、「野球いろはガルタ」のことをもう少し書いておきたくなったので、もう一回だけ書くことにする。

この前書いたのは、小学校3年生のときに誕生日か何かに親が買ってくれたもので、昭和24年、1949年の暮れの発行だから、一リーグ時代最後のプロ野球の姿がそこには反映されているわけだ。もっともかなり速成ででっち上げたとおぼしく、いろは48枚の中に何故あの選手の札が入っていないのだろう、といったのがちょくちょくある。(たとえば、あの大下が入っていない。)しかし記憶の中では鮮やかに覚えていて、粗末な色刷りの絵札の幾十枚はすぐにでも眼前に思い浮かべられる。

そこで、読み札の覚えているかぎりをここに再現して、もし万一、これをご覧になった方で欠けを補うことのできる方があれば、ご教示願いたいと思ったわけ。でははじめます。

(イ)一打よく川上満塁ホームラン(この年4月の南海戦で、5対2を6対5にひっくり返した一打があった)

(ロ)ロビンスの荒川発止と球を受け(この荒川は荒川昇治だと思う)

(ホ)ホームラン別当藤村ともに打ち(この年、藤村が46本という破天荒な記録を作った)

(チ)中日のルーキー杉下健投し(あのフォークボールの杉下である)

(ヌ)ぬかりなくショート皆川目を配り(目立って背の低い、しかし名手だった)

(マ)真っ向に投げる別所の剛速球

(フ)フルベース キャプテン藤井緊張し(ロビンスの藤井勇。この言葉も使わなくなった)

(ア)アウドロを武器の中原好投し(アウトドロップ。縦に落ちるカーブを昔はドロップといった。中原は南海のピッチャー)

(ユ)柚木投げて南海ナイン奮い立ち(絵に描いたような優男。当時の南海はスマートな選手が多かった)

(ミ)見送ればボールの球を櫟(いちい)振り(それにしても不思議な読み札である)

(シ)慎重に白石ベンチのサイン見る(巨人のショート。のち広島の監督)

(セ)絶妙のチェンジオヴペース若林(上の5は違うかもしれない。チェンジオヴペースという言葉も聞かなくなった。若林は覚えている限りの最高の名投手のイメージ)

次に「上5」が思い出せないもの。

(1)・・・・・藤本得意のスライダー(翌年、初の完全試合を達成した中上のこと。スライダーという球種をこの年藤本によって日本野球は知ったのだった)

(2)・・・・・サード手塚の好送球(手塚明治という名前の明治大学出身の巨人の三塁手)

その他、今西・天保(阪急)、青田・千葉・山川(巨人)、山本(南海、つまりあの鶴岡)、木塚(忠助、南海の盗塁王)、白木・黒尾(東急のエース)、スタルヒン・伊勢川・森下(大映)などの絵札が思い浮かぶ。

愕然とするほどわずかしか再現できなかった。半分ぐらいはわけなく思い出せると思っていたのだが・・・。(これにて「野球噺」はひとまずおしまい。つぎは「相撲噺」。)

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