随談第21回 上村以和於相撲話(その1)

野球噺につづく相撲噺だが、もっともいま話題の花田家騒動は、私にとっては二重の意味で遠い話である。そもそもいわゆる若貴兄弟なるものが私にはあまり興味を持ちにくい相撲取りだったし、その父親の、つまり先の貴乃花よりそのもうひとつ先の初代若乃花の方がはるかに懐かしいし、さらにいえばその若乃花よりも栃錦の私はファンだったのだ。

そうはいっても、もちろん先の貴乃花もいい相撲だったことは、死去のニュースが伝わるやテレビに流れた現役当時の取り組みのビデオを見ても間違いない。とりわけNHKの特集番組で流したのは、かつて引退のときに作った特集番組の再生で当時見た覚えがあるが、あらためて見て、再確認という以上の再確認をした。栃錦が死んだときもさかんに映像が流れて、そのスピード感と力感と技の切れ味の鮮やかさにあらためて酔ったが、貴乃花を見ても、力感とスピード感が一体のものであったことは共通している。

要するに、身体の隅々まで神経が行き渡っているのだ。その感覚が、見る者を興奮に酔わせるのだ。そういう感覚を味あわせてくれる現役力士といえば、朝青龍しかいない。しばらく相撲に興味を失いかけていたが、朝青龍を実際に見てから、身を入れて取り組みを見る面白さがひさしぶりに甦ってきた。あの、じっとしていても躍り出すような躍動感はかつての若乃花と共通したものを感じさせる。もちろん、栃若の、ホントの若乃花である。風貌や、素顔でインタビュウに答えるときの風格や気合に、角力取り、という感じを感じさせるのは、朝青龍のほかにあまりいない。欲にはあそこにもうひとつ、洗練された粋な感じがあればなあ。(そういえば、以前は「角力」という表記を、「相撲」と並んでよくしたものだった。いまは相撲協会が「相撲」という表記に統一しているようにも聞いたことがあるが、それはそれでいいとして、「角力」という表記と共に、ある感覚が大相撲から失われてしまったような気がしないでもない。)

むかしの粋筋で唄われた俗謡に、

おすもうさんのどこ見て惚れた 稽古帰りの乱れ髪

というのがあったそうだが、別にむかしの粋筋の姐さんでなくたって、こういう感覚はいまだってわかるはずだ。栃錦が関脇から大関になったころ、体重は当時はまだ尺貫法で二十七貫とたしかいっていたから、いまなら百キロもなかったろう。そういう身体ではげしい相撲を取ると、髷ががっくりと前に傾く。勝名乗りを受けながら、乱れた髷をすっと首を振って直す。そのときに、男の色気がさっと吹きこぼれる。相撲取りの粋というのはそういうことなのであって、最近でそういう感覚を一番もっていたのは寺尾だったろう。

そんなことが相撲の内容と何の関係がある、と言われればその通りともいえるし、いや、そういうことが大事なんじゃないの、とも言いたくなる。栃若時代から、柏鵬のころまでいただろうか。小鉄という名物の呼出しがいた。独特の高音の、それを聞くだけで陶然となるような美声だったが、たしかこの人が相撲界に入った動機というのは、触れ太鼓を叩いて初日まえに明日の取り組みを呼び出しが触れて街を廻る、その姿に惚れたからだというのではなかったかしらん。

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