隋談第42回 観劇偶談(その16)

俳優座劇場でJ.B.プリーストリイの『夜の来訪者』を見ながら考えたことがある。

作そのものはいまさら言うまでもなくよくできているし、昭和15年の東京に設定した八木柊一郎の脚本も納得できる。西川信廣の演出も出演者も大局的には不満はない。だからこれは劇評という意味での批評ではない。

脚本が昭和15年に設定したのは、パンフレットの脚色者の言葉にあるように、もともと原作そのものが、同時代ではなく「すこしむかし」に設定されており、「身振りや口調の様式が重要性を持つ」と原作者自身語っていることを重要視したからである。(1945年に書かれ初演されたとき、「時」は1912年に設定されていた。)演出の西川も、原本はイギリスの階級社会を背景に成り立っていることを考え、それに賛同したという。それもそのとおりだろう。で問題は、その昭和15年をいかに演出し、いかに演じるかになる。

では、そこからどういう問題が生じるか? 

昭和15年とト書に指定する以上、できる限りその指定通りに昭和15年を舞台上に実現することが必要になる。もしそれを厳密にやろうとすれば、限りないトリビアリズムに入り込む危険も覚悟しなくてはならない。昭和15年ならまだ覚えている人も少なくないし、そういう目に、アアこれはウソだと直感されてしまえば、それだけで芝居が色褪せてしまうという危険もある。

見る側としては、あまり無理をいっても仕様がないと思いながら見るわけだが、「我慢の限界」というものを観客ひとりひとりが胸にたたんで見ることになる。もちろんその一方では、そんな枝葉末節に拘泥してもっと本質的なことを見損なう愚かさにも配慮しながら、である。

そこで改めて思い出しておくべきなのは、「身振りや口調の様式」という原作者の言葉である。しばらく前に、松竹新喜劇や新派のような芝居の持つ、様式と写実の関係のことを書いたが、歌舞伎俳優が黙阿弥を演じる場合ほどではないにせよ、その関係とは「様式」というものが本質的に持つ(持たざるを得ない)「嘘」というものを、どこかで容認してはじめて成立する。様式とは「類」であって「個」ではないからだ。しかしその「類」を認めなければ、昭和15年であろうと、平成17年であろうと、天保14年であろうと、そう、それそれ、と見る者に感じさせることはできない。

もちろん、今回の『夜の来訪者』は「新劇俳優」が演じ、「新劇」の演出家が演出する「新劇」である。そのことを是認して見ている限り、なかなかよくやっていたし、面白く見た。それならそれでいいではないか、と言ってしまえばそれまでなのだが・・・。

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