随談第46回 観劇偶談(その19)

だいぶ久しぶりになってしまった。今回の話題は坂東会の創立85周年記念舞踊会である。坂東流の舞踊家たちの踊り、坂東流独特の演目や踊り振り、いろいろ得るところあって面白かったが、ここに書くのは家元たる三津五郎が踊った二篇のことである。

一日目に踊った『独楽売』というのは、はじめて見る踊りだが、いかにも大和屋の踊りと言う感じで、好もしく、また面白かった。大正12年に七代目三津五郎が作ったもので、作詞がなんと岡鬼太郎だそうだ。歌舞伎座で八代目三津五郎と三代目延若で出したことがあるらしいが、見はぐったと見え何故か記憶にない。『どんつく』などと同じような風俗舞踊で、亀戸天神の境内が舞台で、そこに三津五郎と巳之助の独楽売りがきて独楽を回して見せたり、参詣の人たちとからんだり、獅子舞がからんだりする。

こういうものを躍らせると、三津五郎という人はじつに魅力もあれば程がいい。軽く、しかし味わいがよくて、短編なのにあっけないとか満腹感がないと思わせない。かえって、結構なものを見たという充実感が快い。センスの良さを感じさせる。七代目は実際に見たことはないが、八代目でも九代目でも、こういう踊りは得意だったが、しかし役者の艶と色気と言う意味も加味して考えれば、当代が一番いいのではないかと言う気がする。それにしても、代々こんなに芸風というか、仁が一貫している家もないのではないだろうか。25分程度のみじかいものだし、いずれ本興行でもみせてもらいたい。

二日目は『連獅子』だった。三津五郎の狂言師も親獅子も、国立劇場の寸法にぴたりとはまる大きさが見事である。もちろん獅子もいいが、三津五郎の三津五郎たる余人にないよさは、むしろ前段の狂言師のほうにある。『独楽売』でもそうだが、きっちりと踊りながら味がある、というところが真骨頂である。

巳之助は高校一年生だそうだが、ちょうど体が変る難しい時期だが、ここというところの歯切れのよさが光っている。もう十年も前になる。まだ元気だった九代目と親子三代で踊った『靭猿』のよさったらなかった。あれぞまさに大和屋の踊りだった。九代目は血縁ではないのに、舞台顔が七代目にそっくりだった。敬愛し、芸そのものもよくなれば、舞台顔まで似てくるのは不思議でもなんでもない。あの初舞台の巳之助の子猿のかわいらしさはただごとではなかった。ちょいとしたミスはあったが、そんなことよりも、いまのうちに、しっかりと踊れる体に仕込んでもらうことだ。そういう、つまり「踊れる」身体を作ってしまえば、それが一生の財産になる。

間狂言の宗論を、ファミリイの奈央と幸奈という若い女性がやるのでどうかと思ったら、張りのある、凛とした声でケレン味なく演じたのが立派だった。それにつけても思ったのは狂言風のものの言い方というものは、それをきちんとやれば、ある程度のうまい下手は超越できるんだな、ということである。

二部制で二日間のうち、半分しか見られなかったが,こころよい二日間だった。

このエントリーを Google ブックマーク に追加
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です