随談第49回 観劇偶談(その21)

今更でもないようだが、鴈治郎の『河庄』が素晴らしい。というより凄い。詳しくは日経新聞(6日付夕刊)と「演劇界」(12月号、今月末発売)を見てほしいが、いまここでは、何が凄いかという理由と、そこから考えたことと、そのふたつを書いておきたい。

凄いと思う理由は、要するに、『河庄』の治兵衛という男の情痴を演じて人間そのものの愚を演じていることである。それは既に、「上方和事」の味だの何だのという域を超えている。上方の和事というのは、もともと、情事に腑抜けになった男の愚かしさを「美」として描くものだが、鴈治郎はその和事の芸を通じて和事を超えたといってよい。そこが凄い。

『河庄』という芝居は、近松門左衛門の書いた『心中天網島』を歌舞伎化したものである。学者や評論家がよく言う普通の常識的な定説では、ブンガク的もしくはゲイジュツ的には近松の原作の方がすぐれているのだが、和事芸を見せるために末端肥大させた『河庄』にも鴈治郎なり誰なりの「芸」を鑑賞する上で特殊な面白さがある、ということになっている。一言で言うと、治兵衛が小春と別れかねて、兄の孫右衛門に連れられて帰りかけるところで、花道の上にへたりこんでしまい、もう一度だけ小春に会わせてくれとせがむところである。この箇所は、近松の原作にはない歌舞伎の入れ事で、和事という特殊な芸を見せるためのやむを得ない「改悪」だということになる。

私はもともとこの手の意見に懐疑的なのだが、鴈治郎を見ていると、こういう意見がいかに教条的な机上の論に過ぎないかが改めてよくわかる。鴈治郎はここを演じてこそ、さっき言った、治兵衛というひとりの男の「愚」を演じて人間という存在自体の「愚」を、見る者に感得させるのである。

さてそこで、もうひとつのことである。鴈治郎はこれを、何か特別な新演出を工夫して演じたのではない。ただ上方の和事を追求し、いままで歌舞伎から大衆劇から種々雑多ともいえるいろいろな芝居を演じてきた中から体得した芸によって、そこまで達したのである。長谷川一夫との共演だ梅田コマの大衆劇だと、一見ずいぶん回り道をしたようで、じつは鴈治郎はそうした体験をひとつとして無駄にしていない。心がけ次第で、人間、なにをしても無駄ということはないのだ。そうした果て、和事の芸を通じて和事を越えて見せた。別な言い方をすれば、和事という芸にはそれだけの可能性があったことを証明して見せたとも言える。

歌舞伎の中で新しい試みがいまいろいろなされ始めている。もちろんそれはそれでいいのだが、「和事」という昔ながらの芸を通じてでも、いままでの和事にはない境地を拓いて見せたところに、鴈治郎の偉大がある。

『河庄』は今月歌舞伎座で上演中で、夜の7時7分から8時37分まで90分間。これ一幕だけでも見られます。

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