随談第51回 番外・野球噺(その2)

もう一回、野球噺を続ける。前回書いたヤクルトーベイスターズ戦は、青木の200本安打とか、両チームの三位争いとか、興味をつなぐ要素はあったとはいえ、プロ野球の話題といえば日本シリーズを控えたパ・リーグのプレイ・オフであり、村上ファンドの阪神攻略作戦であり、事実当日の客席は空席のほうが多かった。

そういう中で、佐藤真一という、大変な長身という特徴がなかったならたぶんずっと印象は希薄だったかもしれないひとりの脇役の引退セレモニーが試合終了後にあって、なかなか感動的であった。よいものが見られてよかったと思っている。小学校もまだ低学年とおぼしい二人の女の子の花束贈呈にはじまって、本人の挨拶までは予定のプログラムだったに違いないが、その後チームメイトからの胴上げがあり、一塁側のファンだけにグラウンドから挨拶してすむはずだったらしいのが、横浜側のスタンドにもファンがかなり居残って声援を送っているので結局場内を一周することになった。チームメイトにもファンにも好印象をもたれていた苦労人なればこそのことだろう。佐藤はこの日のことをおそらく生涯わすれないに違いない。

なぜこういうことを長々と書いたかというと、こういう「世話味」の勝った「泣かせる」要素もプロ野球には欠かせない要因だと思うからである。佐藤のセレモニーは最後にホームプレート上で家族写真の撮影で終わったが、そういういかにも「小市民」のいじましさも、プロ野球には欠くべからざるものである。はなやかな大スターも、家のおとうちゃんみたいな選手も、大工さんや工芸職人みたいな選手や、学校の教師みたいなのやエンジニアみたいなのや(前にも書いたが小宮山などは顔といい、態度物腰といいまさにどこかの企業のエンジニアみたいなところが実にいい)、要するに浮世の縮図のようにいろいろな人間が、野球という一つの技を頼りに寄り集まっている、それでこそプロ野球は、単なるオタクマニアの熱狂の対象とは違う、オトナの鑑賞に値する奥行きを持つのである。

その意味でこのごろちょっと気になるのは、その日活躍した選手がいわゆるお立ち台でインタビュウを受けた後、10人中8人ぐらいまでが、「声援よろしくお願いしまーす」と結んでおわることである。ワンパターンであることも気に入らないが、それよりもその言い方や顔がいかにもいい子になっていて、どの選手も同じように見えることである。もうすこし、人さまざまであってもらいたい。

Jリーグ発足以来、ワールド・カップも何もそれまでサッカーのことなどろくすっぽ知らなかった日本人の大多数が、十年あまりが経った今日、利いた風なサッカー・ファンになりおおせている。あのとき、若い男女だけでなく中年女性がかなりサッカーに流れたのは、それまで、ステテコやジャージイ姿の亭主が缶ビールなど飲みながらテレビの前に寝そべってナイターを見ている茶の間光景にうんざりしていた奥さん連が、相当のサッカーに流れたものと私は見ている。男性諸氏のメジャーリーグ好みにも、ステテコ缶ビール党と肌合いの会わない向きがかなり流れ込んでいるに違いない。いまは南風競わずプロ野球の悪口ばかりが耳につくが、しかし軽率なスマート趣味にはうっかり惑わされない方がいいと思う。

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