随談第55回 上村以和於映画噺(その6)

映画噺は心ならずも随分間遠に飛び飛びになってしまったので、その「前史編」として今回で一旦ひと区切りとして、いずれまた再開したい。

さて中学時代の同級生にS君という大変な映画通がいた。例のジェイムズ・ディーンが大ブレイクした『エデンの東』が公開されたのは中学3年のときだが、それ以来S君はディーン風にポケットに手を突っ込んで肩をゆすり、ちょっとびっこを引くような歩き方をすっかり身に付けてしまった。なかなか似合ったから、それなりに格好よく、われわれも別に滑稽だとは思わなかった。S君はしかし、ディーンにかぶれるより前にすでに中学生ばなれした映画通であって、ヒッチコックについて論じたり、われわれを前に薀蓄をかたむけたりしていたから、時代劇についてぐらいしか太刀打ちできない私などはただ拝聴するばかりだった。

その頃は、多少知的な関心がある人間なら、中学生・高校生ともなるともっぱら洋画に関心を集中し、日本映画は軽んじる傾向があった。だからわれわれと同年配以上で、いまになってアラカンはよかっただの『君の名は』に夢中だったなどと利いた風なことを言うインテリ男やインテリ女には、私はいったん疑ってかかることにしている。そういうことを言うのが格好いいとされるようになったのは最近になってからのことで、そういう手合いの半数は、実は日本映画はあまり見ていなかったと思って間違いない筈である。

(しかしインテリ女性でも「話せる」人がいるのも事実で、つい先年、私より三歳年長の女性心理学者で、高田浩吉の「白鷺三味線」といったら一発で分かった人がいたので大いにソンケイした。もっとも、洋画党を標榜しながら隠れ長谷川一夫ファン、隠れ高田浩吉ファンというのはかなりいたのかもしれない。)

われわれの同級生でも、ついこの間まで千恵蔵の多羅尾伴内がどうのといっていたK君などがすっかり洋画ファンに転向し、映画に誘いに来たので一緒に『シェーン』と『真昼の決闘』の二本立てを見たりした。もちろんこういうものは見ておいてよかったのであって、K君に感謝しこそすれ、裏切りを咎めたりする気はないが、一抹の寂しさを覚えたのも事実である。(もっともK君とは三船敏郎の『宮本武蔵』三部作も一緒に見ている。八千草薫のお通が評判だったから、お目当てはそちらであったのかも知れない。)

もうこのころには錦チャン・千代チャン時代が始まっていたが、私の三歳下の妹などは、中学一年生のくせに月形龍之介にファンレターを書いて返事を貰ったことがある。月形氏も女子中学生から手紙をもらって、珍しいと思ったのだろう。「加茂川の堤も柳桜をこきまぜて」などという時候の挨拶からはじまり、「あなたはお若いのにしっかりした映画の見方をしていっらしゃる。どうぞその心をわすれないように」などと書いてあったと思う。

もちろん私にしても、やがて洋画を見るようになるのに時間はかからなかった。しかし洋画に限らず日本の現代劇より時代劇にまずかぶれたのは、現実とは違う別世界がそこにあるということが大きかったと思う。(映画噺はいったんこれでおしまい。やがてPART Ⅱ、PART Ⅲとして続けます。)

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