随談第60回 観劇偶談(その24)

今年は吉祥寺へ行く回数が多い。先月に続いて前進座劇場で『五重塔』をやっている。初演以来今年がちょうど40年で、配役も一新した。四月の『玄朴と長英』、五月国立劇場の『佐倉義民伝』、先月の『髪結新三』、今月の『五重塔』と、どれもの嵐圭史が主役でなければ復活場面での芯の役をつとめている。来年五月の国立劇場公演では『謎帯一寸徳兵衛』で大島団七をやるらしいから、これは新体制のひとつの路線なのだろう。

当然といえば当然、遅かったといえば遅かった。大歌舞伎のように群雄が割拠している状態が続いていれば、芯の役を勤める機会も幾人かにめぐってくるが、単独の劇団の中だとそこらがちょっとむずかしい。それはともかく、高野長英、佐倉宗吾、弥太五郎源七、のっそり十兵衛とことし圭史が演じた役を見ると、どの役にも共通するのは、頑なに身を鎧って、利巧に振舞うことを敢えて拒否する類の人物だということである。

信念に生きるというと、弥太五郎源七が信念の人かと言われればちょっと困るが、器用に振舞えばすむところをあえてそうしない一途さのようなものを持っているという意味でなら、他の偉人たちと一緒にしても構うまい。共通した性格を持っていながら、しかし別のキャラクターの人物を造形するのだから、これはかえってむずかしい。圭史で感心するのは、ここに挙げたどの役も類型に陥ることなくそれぞれの人物になっていることである。

『五重塔』のような芝居をみてもうひとつ思うのは、こういう奇を衒わない舞台づくりというものが、いまではかえって貴重なのではないかということである。もちろん1足す1が2という芝居ではどうしようもないが、奇を衒わないといっても津上忠の脚本は、露伴の小説という別乾坤を舞台化するという作業や手続きとしては、練達の業を見せてはいる。しかしそういう背景的な知識をひとまず脇において舞台の進行を追っている限り、難解なところや持った回ったところ、独りよがりのところはなにひとつない。つまり観客はごく素直に舞台を見ていさえすればいいのである。

同じようなことは、九月に新派の『京舞』を見たときにも感じたことだった。つまり誰が見ても、ああいいお芝居だった、といいながら帰り道につくことのできる芝居なのである。

「お芝居」といま言った。その「お芝居」を嫌うところから、いろいろ難しいことを舞台の上ではじめることになった。もちろん、それはそれで意味もいわれもあったことには違いない。しかし、そういう「演劇」作りがそれはそれで長い年月続いているうちに、それが常態と化してしまい、ふと気がついてみると、『京舞』や『五重塔』のような「お芝居」が素直に見る者の心に響いてくる新鮮さに、改めて心づいたということなのかもしれない。

山の彼方に探しに行った「幸い」は実は足元にあった。そういえば、春を探して歩き回った挙句、気がつくと春はすぐ身近にあった、という漢詩もあったっけ。

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