随談第70回 観劇偶談(その31)

都合で新橋演舞場の『狸御殿』を今頃になって見た。しかも前夜、コンピューターの接続の不都合でおそくまで引っかかっていたために、その疲れが夕方になって出て、第一幕を最悪の条件で見る破目になったのは、出演者諸氏に申し訳ないことだった。その点は心して書くことにしよう。

結論から言うと成功だったのではないだろうか。少なくとも、こちらの体調も回復してから見た第二幕以降は、舞台の方のノリも尻上がりによくなっていった。右近の若殿織部のやつしが、この人をちょっと見直すようなよさがあって、小島秀哉や小島慶四郎以下昔の新喜劇の面々がこれもやつしなりで登場してギャグ沢山の場面であったにもかかわらず、あそこから俄かに舞台がしまったのは、右近の手柄である部分も少なくない。藤山直美も、はじめは少し強引に自分の芝居にひきつけるような感もなくはなかったのが、こういう場面になると引き締めるべきは引き締めてかかっていたのはさすがである。

藤山と右近に加え、藤間紫も出るので、九尾の狐ならぬ三頭の怪獣になりはしないかと案じたのも杞憂だった。このあたりは、主演者の舞台人としての良識と脚本の捌きのよさを認めるべきだろう。紫が出たのは、少なくとも結果論から言う限り成功だった。九尾の狐が憑いた奥方が時代の悪から世話の悪に一転するあたりの妙味といい貫禄といい、たしかに余人を以って替えられない芸に違いない。さすがに高齢のためにやや面やつれたかに見えるのもかえって凄みに転じて見せるあたり、お見事というべきである。

それにしても『狸御殿』という題材は、たしかに戦前日本のモダニズムのジャパナイズ化の一典型として好材料であることが、今度のバージョンをみても改めて知らされる。最初の『狸御殿』物が作られたのが昭和14年という「古きよき」季節がまだ辛うじて呼吸をしていた時点であったことは、深く思いを致すに値することだろう。紋切り型のモダニズム論でも、紋切り型の戦時批判でも、指の間から取りこぼしてしまう微妙な面白さがそこにあるのだ。(それにしてもパンフレットにある往年の『狸御殿』映画の宮城千賀子の颯爽たる若殿ぶりの素晴らしさよ! 昭和20年代に歌麿美人で売った喜多川千鶴も若殿役をやっていたとは知らなかった。宮城千賀子の男装の若侍といえば私などがリアルタイムで見はじめた時代でもまだ売り物になっていたのだから、宝塚をやめて後までこんなに長く男装の役を続けた人もいないだろう。昭和28年にのちの松本白鸚が映画初出演した『花の生涯』にも、たしか男装姿で出ていた筈だ。)

この芝居のもうひとつの興味は、右近以下の猿之助一門の連中の今後を占う試金石としてのそれだが、その点でも、かなり明るいものを感じさせた。とりわけ伏見稲荷の白狐というもうけ役とはいえ、笑也がのりに乗っていたのがヘエと思わせた。猿也にせよ春猿にせよ使い方もいい。笑子だの喜昇だのの性格俳優的要素もうまく使っている。来年は国立劇場で彼らだけで『小栗判官』を出すとの由だが、国立が彼らをうまく使うのは、双方にとってさまざまな実りをもたらす可能性がある。

もしかしたら苦肉の策だったのかも知れない。しかしアイデアには筋が通っていた。

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