随談第73回 観劇偶談(その34)

今日は家にいたので、NHKのスタジオパークという番組に海老蔵がゲストで出演したのを見た。しばらく舞台を見ていなかったので、海老蔵を見ること自体、随分久しぶりの感じである。ところで、このスタジオパークの海老蔵が、素晴らしかった。

スタジオパークといえば、NHKで午後1時からの番組である。見るのは多く主婦を中心にした女性だろうが、しかしこの手の「教養」番組というのは、意外に多彩な視聴者を持っているもので、油断はできない。そもそもNHKの午後1時番組というのは、ラジオの昔から、古き良きNHKをある意味で代表する、上質の良識番組なのだ。なまじの第3チャンネルの番組より、対象の幅が広いだけむしろ奥行きもある。事実この番組にさまざまなゲストが出演するが、その人それぞれの奥行きが透けて見えるところが面白いのである。翻って言えば、こわさでもある。ゲストたちも、それを知ってか、みな真面目に対応をする。嘘がつけない。ついても、透けてみえてしまう。

海老蔵のどこがよかったかといえば、実に自然にふるまって、それでいて、常人ではないところを、おのずから見る者に納得させたところである。例のスキンヘッドにカジュアルな薄着姿で、それでいて折り目正しさを誰の目にも感じさせる。折り目の正しさが身についた者は、どんななりをし、どんな振る舞いをしても、人にそれを感じさせる。冒頭に『暫』の花道の引っ込みの映像が出て、すぐその後にスキンヘッドで軽装の海老蔵が登場する。もちろんその演出まで海老蔵が計算したわけではないだろうが、その効果を絶大にしたのは海老蔵自身の蔵している、役者として、また人としての力である。この人、常人ではないと相手に感じさせるのは、こういう、いわば立会いの一瞬にあるのだ。わざとらしい計算ではできない、才覚というか、一瞬の勘というか、こころの働きというか、海老蔵はそれが素晴らしい。一言でいうなら、「人間力」とでも言おうか。

立会いの一瞬に相手を、場内をつかんでしまえば、後は、一顰一笑、一挙手一投足、すべてがよい方へ転がってゆく。闊達でありながらナイーヴであること、質問者(いうまでもないが黒田あゆみアナウンサーである)のいうことを感度鋭くキャッチしていることを感じさせる応答ぶりであること、決まりきった応答の仕方がほとんど皆無であること、つまり質問にその都度自分の考えた応答を自分の言葉でしていること、つまり本当の意味でアタマがいいのだと見る者に思わせること。こういう対話ができる者は、たとえその人物がどういう人間なのかを知らない者が聞いても、面白いと思うものである。

話は違うが、たまたま今朝の別の番組で、いま話題になっている浅田真央という15歳のフィギアスケートの選手のインタビュウを見た。この浅田もまた素晴らしかった。幼さの残る愛らしい笑顔で、質問に素直に、しかし臆することなく答えてゆく。わずか2ヶ月の年齢差でオリンピックに出場権のないことを尋ねられ、もし出たら勝てると思うかという質問に、勝てると思う、といともあっさりと、しかもまったく衒いも嫌味もなく答えている様子を見て、これは本物だと思わざるを得なかった。30年前、玉三郎が登場したときの姿を連想した。海老蔵にしても、力のある若者というのは、実に素直なのである。

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