随談第74回 歳末偶談(その1)

あっと言う間に歳末である。『お茶漬の味』メモをだらだら続けていても仕様がないからもう打ち切りにして、「歳末偶談」ということにしよう。

波乃久里子がこんど出した『菊日和』という本が面白かったので、一息に読んでしまった。いわゆる面白い本というのともちょっと違うが、しかしこれはきわめてユニークな一書である。書名は何だか小津安二郎の映画の題みたいだが、この「菊」というのは六代目菊五郎を利かせてあるのだろう。六代目菊五郎の愛娘久枝、というのはすなわち著者やその弟、つまり当代勘三郎等の母親が、女学校を卒業する前後、昭和17年1月から4月までの4ヶ月間、毎日欠かさずつけていたに日記をつい最近、勘三郎の襲名興行のさなかに発見した著者が、それを包み込むように、母を語る文章を綴って一冊としたものだが、この4ヶ月になにが物語られているかというと、満18歳だった久枝に縁談が持ち上がっていて、その相手というのが、(いうまでもないが)のちの十七代目(つまり先代の)勘三郎になる当時はまだ中堅俳優だった中村もしほ、というわけである。

この縁談は、しかし、かなり難しい縁談だった。久枝数え歳19歳に対してもしほは34歳という年齢差に加え、不遇の位置にあったもしほにはさまざまな屈折が多くあったからである。「その頃のボクは酒飲みで仲間内で評判が悪かったし、年が十五も違うママには変なオジサンだと嫌われて」いたからだよと、後年十七代目は久里子に語っていたというが、著者の言によれば、万年筆で書き直しも書き損じもない、つまり推敲して清書した、誰かに読まれることを意識して欠かれたものに相違ない、つまり王朝時代の女流の日記から一葉日記に至る、フィクションならぬフィクションとしての日記を思い浮かべたという。

たしかに、「もしほさん」として登場する、われわれが舞台を通じて知っている大俳優十七代目とは随分と落差のある、惑いの日々にあった若き日の十七代目の姿も、われわれの興味を掻き立ててやまないが、しかしこの本を読んでの感興は、決して裏話的興味にあるのではない。「父」として登場する六代目菊五郎はこの年58歳、まだ衰えを知らぬ全盛期の姿であり、「大きい兄さん」つまりのちの七代目梅幸が28歳、「小さい兄さん」のちの九朗右衛門が21歳という時代であり、そこに語られる満18歳の少女の目を通して切り取られた日常それ自体が、時代を語るかけがえのない証言だということである。

日記の書きとめられた昭和17年1月から4月は、いうまでもなく、日米開戦後間もない日々だが、ここに書きとめられている菊五郎家の人々の日常は、まだ何という平和なゆとりの中で営まれていることだろう。それは必ずしも、「帝王」菊五郎の一家だからだけではない。歌舞伎座で「父」や「もしはさん」の舞台を見た帰りに、映画を見る。そこにでてくる映画の題名には、戦時色というものはほとんど見えない。4月には、ドウリトル爆撃隊による東京初空襲があるが、翌日もういちど警報が出て、三機の飛行機が空中戦をしている空をみていると、やがてそれは鳥が群がり飛んでいたのだと知れる。戦前の良き市民生活は、この時点でまだ健在だったのである。

18歳のみずみずしい少女の目の見た「時代」の、何と哀切なことだろう。

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