随談第85回 観劇偶談(その39)

サンシャイン劇場の『獅子を飼う』を見た。兵庫県立芸術文化センターの主催で、初演以来あの阪神淡路大震災を間にはさんで14年ぶりの上演である。

たしかにこれはよく出来た劇である。秀吉と利休の対立葛藤のドラマは多くの近代作家が関心を示してきたテーマだが、この作のユニークさは秀吉を成り上がりの権力亡者ではなく、権力文化人として捕らえたところにある。文化行政者と文化マネージャーの違いはあっても、文化人であるふたりは互いがよく見え、互いの中に自分を見出し、互いに自分を見抜かれてしまう怖れを抱く。他を絶した最大の理解者同士ほど、互いにとっていまいましい存在はない。

葛藤の行き着くところ、権力者である秀吉が権力という蛮勇を揮って非権力者である利休を処刑するが、文化人同士という関係にある彼らにとって暴力は遂に敗北でしかない。処刑されさらし者にされた利休は木偶でしかなく、あきらかに秀吉とわかる黒マントをまとった男が町びとたちに、秀吉は臆病者であり利休は生きていると告げて立ち去るところで劇は終わる。暴力的権力者と非暴力的文化人の対立という図式的構図を越えた次元に設定されているところに、見ごたえもあれば秀作たる所以もある。

新橋演舞場の海老蔵の信長も洋装で宣教師フロイスから世界を知るが、この三津五郎の秀吉も洋装でポルトガル商人のペドロから西洋の知識を得、西洋のダンスまで学ぶ。(緒方規矩子によるこの場の衣裳と、それを着てタンバリンで西洋ダンスを踊る三津五郎が秀逸だ。)アレクサンダー大王の征服のその後をペドロに尋ね、大陸進出の発想をそこから得るが、その実現を言い出すのは、おのれの欲望の限界を利休に見透かされたかと怖れたためである。ペドロという異邦人を通じて第三者の視点を劇中に誘導したのが、この作を秀作たらしめたもうひとつの理由である。ただしペドロ役の立川三貴は全編の語り手であり、日本人の常識(それはわれわれ観客も含めてだ)を相対化する「目」の持ち主として、もう少し水際立ったセリフ術を聞かせてもらいたかった。

文化プロデューサーである利休は、茶会で茶をたて茶碗の目利きをする以外、なにひとつ作り出すわけではない。折からライヴドアの事件が世を騒がせているが、製品ひとつ作るわけでも流通させるわけでもない虚業家と、一脈共通する面がないでもない。そこにペドロという異邦人の目が導入されることによって、茶道という、虚によって成り立つが故に永遠の価値を生じる、きわめて日本的な文化の構造が白日にさらされる。と同時に、文化というもの自体の空洞を突いてもいる。平幹二朗の利休と三津五郎の秀吉の応酬には、演劇というものの本源がセリフを聴くことにあることを思いださせてくれる。

それにしても、14年前の初演のとき、三津五郎はまだ三十代半ばであった筈である。このドラマの秀吉は、忍び寄る衰えを内省しはじめている老後の秀吉であって木下藤吉郎ではない。平の利休はともかく、初演のときに若い三津五郎を秀吉に選んだのは誰か?まるで今日の再演を見通していたかのごとくである。三津五郎は普通の意味での藤吉郎(秀吉)役者ではない。その人物の「目」こそ、この劇を見据えるもう一つの目といっていい。

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