随談第572回 両目が開いた

今回はちょっと近況報告。先々週と今週と二回に分けて白内障の手術をしました。一年あまり前から眼科に通い出し、緑内障だと言われて、しかしまだ点滴治療で抑えられる段階だからというので、三月ごとに通院するぐらいですんでいたのだったが、昨秋ごろから頓に視力低下、とりわけ左眼がカスミがかかったようになりこのままでいくと丹下左膳状態になる。素人考えで思うに、昨年末に出した『東横歌舞伎の時代』という一本の、とりわけ巻末の上演記録をこしらえるのに視神経を酷使した故ではないかという気がする。大元は、往時の『演劇界』巻末の月々ごとの各劇場の記録を下敷きにしたのだが、『演劇界』に限らず昔の雑誌というのは、いまのように体裁などは二の次だから(それだけ、ジャーナリスティックな感覚が強いわけだ)、たとえば、号によって、雀右衛門(雪姫)と書いてあったり、雪姫(雀右衛門)となっていたりする。『雪暮夜入谷畦道』となっているかと思うと、『蕎麦屋』となっていたりする。こちらは、本文を書き進めながら取り敢えずそのまま引き写すわけだが、さて本文が完成して、付録の上演記録を整備しようと手を付け始めて、ほとんど途方に暮れた。これを一定の方式に直すのに、相当に、視神経を酷使し、神経をイラつかせたことは間違いない。

もっとも医師の言うところでは、にわかに白内障が進行したからでそちらの治療が先決だということになり、幸いなことに我が家から徒歩10分という間近に順天堂の分院がしばらく前に出来たのでそこへ紹介状を書いてもらったという次第だが、さて、まず進行の度合いの進んでいる左目から取り掛かって、こちらはまあ、一手二手、ちょっと手古摺った程度で無事終了、視力1.0を回復し、新聞というものがこんなにもインクの跡も黒々としていたのか、ということを思い出した。

次の入院までに原稿を二本ばかり、それにこのブログの前回分を書いて、今度の右目はもっと簡単に行くであろうと割に気軽に入院、手術に及んだところ、これが意想外の難手術となった。推定だが普通の3倍は時間がかかったと思われる。局部麻酔だから医師や看護師の緊張している様子が皆わかる。頑張ってくださいという声も三度はかかったが、想定外の事態になったのでその処置をしていますのでしばらく辛抱してくださいと、医師が明確に言ってくれたのがよかった。それならそうと、覚悟を決めるしかないわけだし、どんな事態になっているのかは、凡そ想像もつく。で、まあ、何とか事態は収拾されて手術は終わり、翌日の検診で、あゝ、うまくいってますね、と医師の方も嬉しそうに言ったところで、ほぼ一件落着か、というところに無事着陸、以後の経過もまずまずで、予定の日程通りに退院とは相成った。

と、いうわけだが、いまどき白内障の手術なんて簡単らしいよ、などという話はよく聞くが、何事もそうだが、そうとばかりは限らないこともあるよ、という教訓にしていただければ、少しは世のため人のためになれるかも知れない。

どういう風に見えるようになったのか、とよく聞かれるが、一言で言えばくっきりはっきり、とはいえ所詮視力1.0だから、もっと目のいい人は幾らもいるわけだ。舞台がどれだけはっきり見えるかがお楽しみ、というところ。大相撲で、初日が開いて何日もたつのに黒星続きの相撲取りが、ようやく一勝を挙げると「片目が開いた」と言い、二勝するとようやく「両目が開いた」と言うそうな。どうにか一人前、という意味合いらしい。

ともあれ、まあなんとか、両目が開きました。これからもお愛読の程。

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