随談第93回 映画噺(その2)と新連載予告

このところテレビで旧作の映画を見る上で収穫に恵まれた。

第一は『白扇―みだれ黒髪』である。封切は昭和31年3月、私はちょうど中学を卒業目前で、いまのサンシャイン・シティの入り口前あたりにあった池袋東映で見ている。中村錦之助の『源義経』第2部と同時封切で、錦之助・千代之介時代の真っ盛りのころだが、しかし東千代之介主演のこの映画はお子さま相手の安物ではなく、なかなか乙な大人向きの佳作である。昭和40年代半ばに東映が全作品を放出したときテレビで一度見たきり、再会の機会がなかった。去年の八月にNHKのBSで放送の予告が出たのだが、突如あの郵政民営化法案の国会中継のために放送中止になってしまうという不運に会い、一旦あきらめていたのだった。

原作は朝日新聞の連載小説だが、作者の邦枝完二は高橋お伝を書いた『お伝地獄』が傑作として知られているが(これは面白い。嫌味なまでに巧いあの文章のところどころを筆写した覚えがある)、『白扇』も、おそらくいま読んでも充分読むに耐えるに違いない。古書店を気をつけているのだがまだ巡り合っていない。完二が木村功の岳父ということを知ったのはだいぶ後になってからだが、イメージが結びつかなくて不思議な気がしたものだ。

『白扇』は『四谷怪談』の前日談という趣向になっていて、映画では千代之介の伊右衛門が長谷川裕見子の妻を裏切ってその妹と密通をしているという一部始終を作者の鶴屋南北が知り『四谷怪談』のストーリイを思いつくのだが、南北を坂東蓑助、つまりのちの八代目三津五郎がやっていて、この配役がものを言っている。千代之介とは坂東流の踊りの方での師弟関係なので、当時はよく東映の映画に出ていたのだ。たしか『サムライニッポン』で千代之介の新納鶴千代に井伊大老なんかもやっている。

今月はまた、時代劇チャンネルで嵐雛助が人気絶頂のころに撮った『田之助紅』に巡り合うという思いがけないことがあった。十七代目勘三郎の門下から出世して大名跡を継ぎ関西歌舞伎で幹部の扱いになった当時のことで、まさか見られるとは思っていなかった。つぎに溝口健二が昭和29年に撮った『噂の女』という現代劇で大谷友右衛門、つまり雀右衛門が、田中絹代と久我美子の母娘の間を遊弋するアプレゲールの医者の役をやっているのに出会った。この友右衛門がなかなか巧いのである。ご本人は嫌がるかも知れないが、雀右衛門の映画での業績というものもきちんとしておいた方がいいと思う。

ところで「新連載」というのは、作秋出た川本三郎氏の『時代劇ここにあり』という本にならって(ちょっぴり対抗して)『わが時代劇映画五〇選』と題してこのブログで始めようかということである。川本氏のはかなりの「ますらをぶり」で、それはそれでもちろんいいのだが、ちょいと技癢も感じる。私のはやや軟派ぶりに傾くかもしれない。50選というのはまずそれぐらいかなという見当。連載といっても、当然だがそればかりに専念するわけではないから、断続的な形になるわけで、その意味ではこれまでの「映画噺」と同じだが、もう少しきちんとした形にまとめようということである。

というわけで、第一回はまず『白扇』からはじめよう。

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