わが時代劇映画50選(その1)『白扇 みだれ黒髪』(東映、1956年)

時代劇というと剣戟、つまりチャンバラばかりを語ってすませやすいが、それと並んで情話、つまり男女の情愛を描く、軟派時代劇の系譜があった。剣戟を荒事とすれば、つまり和事である。和事の系譜を抜かして、時代劇は語れないというのが私の考えである。

中村錦之助とともに、東千代之介がブームを呼んだのは1954年以降だが、千代之介は、錦之助にくらべると線も細く地味な半面、錦之助にはない江戸の退廃のムードを持っていた。『白扇』はそうした千代之介の味が生きた佳篇である。好評だったにもかかわらず、路線として後が続かなかったのが惜しい。東映のファン層にそれを受けとめる土壌があれば、軟派派のスターとしてユニークな地位を築けたかもしれないが、無理だったか。

原作は前年に朝日新聞に連載された邦枝完二の小説で、『四谷怪談』の誕生秘話といった趣向の上に作られている。帝劇の文芸部出身である完二としては、得意の土俵で相撲を取ったわけだが、「文芸時代劇」というキャッチコピーがついていた。脚本を橋本忍が書いている。監督の河野寿一も冴えたショットを見せて気鋭らしい。

主人公は千代之介扮する田宮伊右衛門だが、坂東蓑助、のちの八代目三津五郎が鶴屋南北の役で出ていて、この南北が、中村座の座主大久保今助をゆすりにきた伊右衛門を知り、その不可思議な行動の謎の中から『四谷怪談』の物語を思いつくという趣向になっている。

座頭の菊五郎から新狂言を求められていた南北は、虫も殺さぬ優男でありながら冷酷無比の伊右衛門に興味を持つ。伊右衛門は夫を信じて疑わない妻の以和をよそに、その妹で松平家の奥女中をしている以志と密会を続け、奥向きで幅が利くようにしてやるための金が目的で辻斬りやゆすりをはたらいている。

元は船手組配下の旗本で理由なく非役に落されたのちも、再び役につくために必要な賄賂も潔しとしなかった伊右衛門が、明から暗へ一転したのは、陰で自分に助力をしていた以志の心根を知り、また以志が落とした拝領の簪を取り戻す際に脅しの手口を覚えて以来だったという過去が、次第に南北の前に明らかになってくる。その過程の綾がなかなか凝っていて面白い。運びにやや省略のあるのが難といえば難だが、語り口は巧い。

南北役の三津五郎が、さすがに映画の俳優にはない風格を見せるのが効いているし、この間に出没する宅悦の東野英治郎とか、お熊の金剛麗子とか、お熊の亭主の原健策といった名うてのバイプレイヤー連も、この頃が脂の乗りざかりだったことがわかる。以志の田代百合子は当時の東映娘役陣のひとりだが、なかなかの好演であったことをこんど見直して知った。

追い詰められてゆく伊右衛門と以志を、南北ははじめ泥中に咲く蓮の花になぞらえて同情するが、最後に至って、夫に裏切られたことを知った以和が錯乱して死ぬ様子を見て翻然と悟る。伊右衛門は泥中の蓮の花などではない。もっと深くもっと哀しい女の心根から生まれたあだ花だ。中村座の閏八月狂言『東海道四谷怪談』の絵看板のお岩の顔に、以和の面影が重なって終わるラストもいい。以和役の長谷川裕見子は、この年のブルーリボン賞の助演女優賞を久我美子とあらそって敗れ、ファンだった私を切歯扼腕させた。

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