随談第107回 観劇偶談(その48)こんぴらかぶ記(下の巻)

「歩み」という古い劇場用語がある。本花道と仮花道をつなぐ、いわば第三の花道である。『沼津』で重兵衛と平作が客の間を歩くとき、いまは一階席の後方にある通路を使うが、金丸座のように「あゆみ」があればそこを通るわけだ。出方やお茶子もそこを通る。花道も、幕間には客も使う。前にも言ったが、すべては桟敷の仕切りの枠の延長なのだ。このことが生み出す臨場感や役者との距離感というものは、改めて考えるに値する。相撲だって、桟敷で見る一体感というものは想像をはるかに超えたものだ。

コクーンの『四谷怪談』で、小仏小平が秋山たち追われて逃げるときなどに、桟敷席に見立てた客席を通ったりするのも、同じ効果を狙ったものだろうが、『まかしょ』で三津五郎が花道で踊るときの客席の湧き方というのも、椅子席の花道ではおそらくないことだ。

幕間に見ていると、見知らぬ同士だったらしい客が、前やうしろの人とおしゃべりをはじめている。椅子席だったら、すぐ前ならまだしも、ふたつ前や後ろ同士で、赤の他人だったのがなかよくおしゃべりを始めるなど、ありえないに違いない。プログラムを持たない客が、持っている客に、おかる役の亀治郎の素顔の写真を見せてもらったりしている。

さてその亀治郎のおかるが大当たりである。正月には浅草で同じ『忠臣蔵』五・六段目の千崎をやったが、情感も豊かな上に、引き締まっている。こんどの亀治郎は三つの狂言で大役ばかりの大奮闘だが、そのどれもがきっかりした出来なのは驚嘆に値する。お国、かさね、「六段目」のおかる、どれもに共通するのは、一途な思いの中に自分を生かしきろうとする意志を感じさせる点である。そこに亀治郎の役への共感と、それを表現する集中力の強さが生きている。いまの時点で不足があるとすれば、葛城にやや華やぎが乏しいことだが、それを占う意味からも、こんどは「七段目」のおかるを見てみたい。

海老蔵の勘平は、仁・柄・風情、すべて申し分ないが、惜しむらくは、やはりこの人のセリフの癖について言っておかなければならない点があることだろう。荒事の場合だと、それもまたひとつの行き方かと思わせるものがあるとしても、とりわけ丸本物の場合には、やや奇異なイントネーションと、とくに語尾の音程の不安定さは、義太夫をきちんと稽古することを通じてなおすべきだと思う。

父親の團十郎も、若いころよくセリフの難を言われたものだが、海老蔵のはそれとは違う性格のもののような気がする。團十郎は、自身の努力もあるが、もうひとつには芸容の立派になるに従って、あまり気にならなくなった。海老蔵が、これさえ克服した暁は、まさしく鬼に金棒というものだ。前回書いた「鞘当」の睨みなど、それだけを見るために金比羅まで出かけてくる価値があるといっても過言ではない。

三津五郎が『朝妻船』から『まかしょ』に変わる踊り二篇は、もう本当に名手の妙手を愉しむ幸福というに尽きる。私は残念ながら七代目は見ていないが、八・九・十代目と三代にわたって見てきて、大和屋の踊りの風という点から、七代目もある程度想像はつくつもりである。三津五郎の踊りをみる愉しみは、当代自身の芸だけでなく、それを通じて、大和屋代々の芸の魅力をも、重ね合わせて愉しむ贅沢さにある。

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