随談第112回 昭和20年代列伝(その2)

突如という感じで、昭和20年代列伝というのを始めることにした。近頃、昭和30年代というのが流行現象となっているようだが、その担い手の主力は、たぶん私よりやや若い世代から始まって、下っては実際には30年代を体験していず、いろいろなジャンルを通じて興味をもった世代なのではないかと思う。テレビのCMに30年代の流行歌を使ったのが目、いや耳につくが、ああいうのは、製作者もそれをよろこんで見る視聴者も、実際体験はない世代なのだろう。

私ももちろん、30年代にも充分興味があるが、敢えてもうひとつ前の20年代のことを書こうと思うのは、ふたつの理由がある。

ひとつは、20年代こそ私にとって記憶の、ということは自分の歴史の源泉だからである。断片的な記憶なら、もっと古いものもあるが、それは語るに由ない。

記憶の原点というのは、単に一番古い記憶という意味だけではない。むしろ、自分の外の世界というもののあることを知り、世の中とか社会とかいうものが、はじめて意識の中に入ってきたことを意味する。大人たちがどんなことを喋っているのかとか、どんなことがニュースとして話題になっているのかといったことが、意識の中に入ってくる。それは、なつかしい、という心の働きが目覚めることでもある。それが、私にとっての20年代なのである。(当節の30年代の流行の担い手の主力を私よりも若い世代に違いないと推測するのは、そのためである。つまり30年代に記憶の原点をもつ人たちである。)

もうひとつは、昭和20年代に対する共通認識としえの総括のなされ方が、時の風化と共にあまりにも概念的で、紋切型になってしまっているのに、いささかの疑問と不満を覚えるからである。たしかに20年代は終戦直後であり、焼け跡や闇市や進駐軍のGIたちが闊歩する時代であったことは間違いないが、そういう概括的な認識だけで語られてしまう「戦後」というものに、(ここでもまた「時代劇映画50選」のときと同じように)擬痒を覚えるからである。新聞や雑誌の特集から、年鑑年表のたぐいまで、この紋切り型は、一方ではやむを得ないと思いつつ、一方ではユルシガタイのである。

というわけで、この「昭和20年代列伝」は、一方ではきわめて個人的な記憶によるものになるだろう。しかしそういう子供の目というものは、大人が見落としたり、注意を向けないものを、案外鋭くキャッチしたり、記憶したりするものであることは、同感してくださる向きも少なくないのではあるまいか。厳密にいえば30年代のはじめにまたがる、むしろ1950年代というべきかもしれない。

たとえば、はじめて読んだ大人の小説の記憶。わたしの場合、それは新聞の連載小説だった。小学6年生の秋、ふとしたきっかけから朝刊を取り込む役をはじめたのが、新聞小説を読むようになるはじまりだった。それまでにも、大人たちが話題にしている新聞小説の存在は知ってはいた。たとえば、吉川英治の『高山右近』とか、獅子文六の『自由学校』とか。だがそれはまだ遠い世界の話であり、自分で読むものではなかった。はじめて読んだ新聞小説。それは石川達三の『悪の愉しみ』というのだった。

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