随談第121回 昭和20年代列伝(第3回)

新聞小説の話をつづけよう。前回は、連載小説を読む味をおぼえたとき、たまたま連載が始まったのが石川達三の『悪の愉しみ』だったという話をしたところまでだったと思う。中学1年生が始めて読んだ大人の小説が、漱石でも藤村でも武者小路実篤でもなく(というあたりが、当時の中学生が最初に読むブンガクの相場だった)、しがないサラリーマンが自動車強盗をするという小説だったというのも、めぐりあわせというほかない。

しかしこの『悪の愉しみ』はなかなかおもしろかった。学歴も教養も収入も生活もすべてが「普通」の平凡な男の心情が、じつにわかりやすく、納得できるように書いてあった。しがない中年男の心情がよくわかったというのも妙な話だが、要するに大人の小説というのも別にむずかしくないのだなということを知ったのである。

自動車強盗というのが、いかにもこの時代を語っている。たしか主人公は細紐を用意してタクシーに乗り込み、うしろから運転手の首を絞めて売上金を奪うのだった。それを決意するところで、この主人公が戦場で敵兵を四人、銃で殺した経験の持ち主だった、とさりげなく書いてあるのと、犯行のあと、妻や会社の同僚などが留置所に面会にくるところで、部下で愛人の女性が聖書を差し入れるという箇所があって、その平凡な発想に主人公がフンというような気持になるという場面があったのを、面白いと思った。

この作品は、作者がその前後に書いた『氷壁』とか『四十八歳の抵抗』とか『自分の穴の中で』などといった評判作に比べるとあまり話題にならなかったが、そうした問題作よりも、いまなお私にはなんとなく愛着がある。

思えばその当時は新聞小説の黄金時代であったので、各紙はつぎつぎと話題作を連載し、食卓で大人たちがその噂や評判をするという光景は、たぶん我が家だけのことではなかったに違いない。朝日にはいまだれが何を書き、読売にはだれの何が連載中だというようなことを、大人の会話をそ知らぬ顔で聞いている小学生の私が、あらかた知っていたのである。べつに我が家に格別の文学趣味があったわけではなく、新聞小説というものがそれだけ社会一般の関心事だったのだ。

新聞小説に欠かせないのは挿絵だが、これも話題の対象だった。同じころ朝日に村上元三が『源義経』を連載していたが、木下二介(じかい)の描く駿河次郎や伊勢三郎は、村上元三の筆をはるかに越えて、決定的ともいえるイメージを読者に植え付けた。「蟹」という仇名の伊勢三郎の風貌は、大相撲の行司や、のちに入学した大学の教授にそっくりな人物を見出して、「骨相人類学」と自称するひそかな愉しみを与えてくれることになった。

連載小説を読むのはめんどくさいという人がいるが、おそらくそういう人は、この新聞小説黄金時代に読者として居合わせなかったのだろう、という独断を私はしている。もっとも私も、いまの連載小説を読むのはときにめんどくさい。それは、新聞小説というものが、かつてのような社会的な現象ではなくなったために独特のオーラを失ってしまったからだろう。小学生の私が、ふと目覚めるとそこにそれがあった、という感じで石川達三などを読みはじめたのも、そのオーラのなせる業だったに違いない。

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