随談第123回 観劇偶談(その59)

今月は新聞に歌舞伎座評を書く以外にはお座敷がかかっていないことでもあり、新聞評ではそこまで論を広げているゆとりのないあれこれを書いてみよう。

幸四郎が夜の部のはじめに『暗闇の丑松』をやる。昼の切りが仁左衛門の『荒川の佐吉』だから続けて見ると続編みたいだ。一度は相政の説得にいさぎよく卯之吉をあきらめて旅に出た佐吉が、途中で人間不信に陥って真っ暗闇の丑松になったのだ!

しかしこの冗談はまんざら故のない話ではなくて、佐吉にしても丑松にしても、およそこの世にありえないようなピュアなものを求めて自分を追い詰めるばかりか、相手にもそれを要求するというところが共通する。つまり佐吉と丑松は心性の点で同人種なのであり、前シテの佐吉が、後シテで丑松に変じて登場したってあながち不思議ではない。

それでも、佐吉が鐘馗の仁兵衛のふたりの娘を拒否するゆくたては、舞台を見ているかぎりでは納得できる。しかしあのふたりの女を見る作者の目には、単にすぐれた作者のシビアな人間観察眼というだけではない、女性に対する「観念」と化した思い込みがありはしないか? 一方丑松となると、どう考えたってかわいそうなあの薄幸なお米をあそこまで追い詰める丑松という男に、これまでいろいろな役者の丑松でこの芝居を何度見たか知れないが、最後まで納得できたことは、じつは私はいちどもない。

『四谷怪談』の作者は、淫売婦になった女房のお袖に地獄宿で出会って詰る与茂七の身勝手を、ちゃんとお袖に批判させている。だが丑松の作者はお米に弁明の余地を与えないだけでなく、四郎兵衛の女房お今(のようなお米とはひとつになりっこない女)の中にお米と共通するものを見出して「女というもの」への不信を確信から「観念」へとダメ押しする。丑松はお米という目の前にいる人間を見ないで、「女というもの一般」という観念を見たのだ。この丑松の「観念論哲学」は、どれだけ普遍性を持ち得るだろうか?

『荒川の佐吉』でほっとしたのは、相政を菊五郎がやっていて、この人のいい意味での常識性が、浮世の処世に長けた「市井の良識」の代表者として、これ以上理屈を言い合っていたら収集がつかなくなってしまう芝居を終わらせるためのデウス・エクス・マキーナとして、まことに程がいいことである。(それつけても菊五郎の幕の切り方の巧さというものは大したもので、これぞ座頭の芸というものかと、私はじつに感じ入った。)

以前、十三代目仁左衛門とか島田正吾などの老名優がやったときは、佐吉を説得する「世俗の知恵」があたかも神韻縹渺とした神の言葉のように聞きなされてしまって、佐吉でなくとも、頭を下げたくなってしまいそうだった。十三代目や島田は、役の上の相政よりはるかに突き抜けてしまっていたのだ。

吉右衛門意欲作の『藤戸』についても、気になることがある。後シテの藤戸の悪龍というのは、盛綱が殺した漁夫の霊が変じたもので、筋書には、経文を唱える盛綱の功徳によって成仏得脱して姿を消すと書いてあるが、舞台を見た目には、『船弁慶』と同じように、祈祷によって退散させられたように見える。これは作者松貫四がそのように書いたのだろうか。それとも役者吉右衛門が(演出効果のために)そのように変更したのだろうか。

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