随談第125回 番外・スポーツ随談

ひょんなことから切符が手に入ったので、神宮球場にヤクルト=日ハム戦を見に行った。神宮で新庄を見るというのも交流戦のお陰である。交流戦にははじめ賛成ではなかったのだが、やってみるとなかなか悪くない。同じ新制度でも、パ・リーグが優勝をプレイオフで決めるのには抵抗感が残るが、交流戦にはマイナス要素は見当たらない。

シーズン・シートのいい席でもあったし、ヤクルトは快勝するしで、まずは充分に梅雨の晴れ間の一夕を楽しんだ。先発投手は両軍とも新人だったが、終盤になってから木田だの岡崎だの高津だの、両軍おなじみのベテランを繰り出してきたのはサービスとしてもなかなかだ。新庄はこの日は200号本塁打がかかっていながら快打が出なかったが、9回に高津が投げたのをファウルした飛球が至近距離に落ちたのは、グローブを用意してくれば捕れたかもしれないのに残念だった。(高津が投げ、新庄が打ったボールですよ。)

ひとつ改悪があった。ビジターチームのメンバーは従来どおり女声のアナウンスがするのに、ホームチームのは男声が例のアメリカナイズした口調で放送することである。あの(かつてはウグイス嬢といった)独特の調子は、プロ野球の雰囲気を醸成する一要素としてすでに欠かせないものになっている。歌舞伎や相撲の拍子木をブザーやチャイムに切り替えたらどうだろう? 大体あのアメリカンスタイルのアナウンスは聞き取りにくい。(だってあれは英語のイントネーションなのだから。)

サッカーは私はどうしてものり切れないところがあって、この騒ぎの中でやや覚めた心境でいるのだが(それにしても天皇皇后が出発前の選手を宮中に招いたのには驚いた。成果を挙げての帰国後ではない。こんなことが他の種目にあっただろうか)、それでも対オーストラリア戦は見た。まあ相撲でいえば、把琉都みたいな巨漢相手に低く食いついてマワシを与えず、足癖で一旦相手をぐらつかせたりして善戦していたが、結局は上手を取られて放り投げられた、というところだろう。(栃東が緊張のあまり自縄自縛になって、さほどでもない相手によくああいう負け方をする。)

善戦ではあってもああいう戦い方では勝ち目がないことは、私のような素人目にもわかる。むしろ素人目だから判る、ということもあるのではないか。専門家の解説を聞いていると、ときどき、そんな不遜な考えを抱きたくなることもある。(もしかしたら、歌舞伎についてもそういうことがあるかもしれないね。)大体、昔から日本のサッカーはボールを回してばかりいてなかなか攻めようとしない悪い癖がある。この数年の進歩は凄いと思うが、こういう試合ぶりを見るかぎりでは、かったるさは相変わらずだ。

先日の新聞で沢田文吉選手の死を告げる小さな記事を見つけた。日本が戦後はじめて参加したヘルシンキ・オリンピックで、棒高跳びで6位になった人だ。このときの日本はみすぼらしい成績だったが、陸上競技では、この沢田選手と、女子円盤投げの吉野トヨ選手の二人だけが入賞したのだった。ふたりとも戦前からの選手で中年の大ベテランだったが、当時での沢田の6位と吉野の4位というのは、いまならメダル獲得に匹敵するだろう。

しかしこういう話はいずれ『20年代列伝』でゆっくりした方がよさそうだ。

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