随談第128回 観劇偶談(その61)たけのこ会

第4回たけのこ会を見た。三津五郎の一門の生きのいいところが歌舞伎舞踊のちょいといいところに取り組む。いうなら舞踊会には違いないが、あくまでも役者としての修行の道筋というスタンスをしっかり踏まえている。そこが、見ていて頼もしくも清々しい。賛助出演も仰いでいるが、その顔ぶれにも配慮が感じられ、またその連中も助っ人気分ではなく、声を掛けられたことを喜びとしての出演であることが、舞台を見ていてもよくわかる。

演目も平凡ではない。『鬼次拍子舞』というのはあの七代目三津五郎が復活した天明期の古い曲だが、昭和40年ごろ、八代目三津五郎といま雀右衛門で歌舞伎座の正月興行に出したのを見た記憶がある。三津右衛門に、中村京蔵が呼ばれたのはおそらくそうした縁もあるのだろう。しかしそうしたことは抜きにしても、見ごたえのあるものだった。

三津右衛門の役が山樵実は長田太郎という、『関の扉』の関兵衛などと同工の役柄、京蔵の役名が白拍子松の前じつは岡部六弥太妹呉竹という、つまり白拍子姿か赤姫風のすがたに変って正体を顕わすという役柄だ。三津右衛門が単にがかいがあるというにとどまらない、立派な役者ぶりを見せて、なかなか大きい。老けの感じと、古怪さがしっかり身に付いていて、浮わつかないのはたいしたものだ。京蔵もこの一座にまじると、持ち前の濃厚な感覚が存分に生きる。かなり期するところある舞台と見た。古色といってよい感触が身についているには三津右衛門の場合と同じである。

もうひとつの眼目は玉雪の与四郎に三津之助の次郎作、八大の禿という配役の『戻駕』だ。なじみの曲とはいえ、これも天明舞踊だ。それだけに『鬼次拍子舞』とつくところもあるが、こうした踊りをしっかりと身につけさせようという三津五郎の配慮でもあるに違いない。事実、三津之助、三津右衛門、八大、また『三人形』で丹前奴の足拍子をあざやかに踊ってのけた大和にしても、みな共通した味を持っている。

つまりそれこそが「大和屋」の風である。かれらの踊りを見ていると、八代目や九代目の三津五郎の面影が随所に感じられる。おそらくかれらは、意図して真似ているのでもなければ、九代目はともかく八代目を見知っている筈もない。それにもかかわらずそれを身に付けているというのは、当代の三津五郎を通じて学んだものであるのに相違ない。そこが、何とも興味深い。

『三人形』は大和の奴のほか、坂東功一の若衆に中村福若の傾城、最後に総出演で『笑門俄七福』という(はじめて見た)めずらしい常磐津舞踊。中で『乗合船』の万歳と才蔵の柱立ての件をそっくりやるが、これもいかにも坂東流のムードである。

三津五郎も一曲踊る。『三ツ面子守』。あざやかにして、しかも端正に崩れないところが、まさに代々の三津五郎に一貫して流れていた、大和屋ならではの芸の風格というものである。

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