随談第142回 観劇偶談(その71)映画『太陽』

話題の映画『太陽』を見る。怪作にして快作である。

アレクサンドル・ソクーロフという「異国人」(しかもロシア人だ)が「昭和天皇」という人物の、しかも1945年8月15日をはさんだ何日間かを、密着取材以上の至近距離から追い続ける。しかも、記録映画ではなく、『日本のいちばん長い日』式の重厚な「時代物」でもなく、天皇個人の日常を追う、ときにヒョウキンでさえある「世話物」として、一篇の劇映画に仕立て上げるなどということを、日本人の誰が考えたろう?(日本ノ映画人ハナニシテルンダ?)

しかも(という言葉はこれで四度目だ)ポツダム受諾の可否を前にしての防空壕内での御前会議から、敗戦国の元首としてのマッカーサーとの会見というハイライト中のハイライトを捕らえ、人間宣言に至る心の揺れを追うという、普通なら腰を引いて、客観的・記録的な「硬派」の映画にするところを、イッセー尾形を天皇役に起用して「軟派」風の仕立てにする大胆不敵さ。この配役が、映画の成否の鍵を握っている。

マッカーサーに会う前、皇太子に自分の考えを手紙に書き(皇后も皇太子も天皇ファミリイはみな疎開していて皇居内で天皇は孤独の生活をしている)、アルバムを広げて家族の写真を見、つづいてハリウッドのスターの写真に見入る。ページを繰り、やがてチャップリンが現れる。マッカーサーと会見する天皇のモーニングにシルクハットの姿がおのずから重なり合う。

天皇の姿をはじめてみるアメリカの兵士たちも、さらにはマッカーサー自身も、やがてそれに気づく。チャーリーだ、と兵士は叫び、マッカーサーもにんまりする。このところが、実に利いている。イッセー尾形でなければ、この卓抜なアイデアは実現不可能であったろう。(天皇がチャップリンに似ていなかったら、日本の戦後史はどうなっていただろう? ということまで、ふと考えてしまう。)

もうひとつ秀逸なのは、ラスト近く、疎開先から桃井かおり扮する皇后が帰ってきて夫婦ふたりだけになるシーンである。皇后の帽子を留めたピンが髪にからんでうまく取れないのを、「夫」たる天皇が手伝ってやる。「妻」である皇后の胸に顔を埋めた「夫」が、人間宣言をする意志を告げる。「妻」が、きっとそうなさると思っていましたと答える。「夫」が、「あ、そう」とうなずく。「妻」も「あ、そう」と応じる。この「夫婦」の会話。昭和天皇の有名な口癖、「あ、そう」をこれほどうまく使った例があるだろうか?

その他にも、天皇の緊張して硬直した口調と不器用な身のこなしや、ご下問を受けてガチガチになっている学識経験者にむかって、突如、やさしい言葉をかけてやるときの、いまでも園遊会などのニュースなどで見かける、列席者と言葉を交わす現天皇にも伝わっているあの雰囲気を、じつにうまくつかまえている。ああ、そうか、と見るこちらは思う。

イッセー尾形の物真似をほめているのではない。そうした細部を積み重ねて、やがてわれわれの胸に突き刺さってくるのは、昭和史の、いや日本史上最もスリリングなあの日々の持つ、重い意味である。

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