随談第178回 ひさしぶり相撲随談

一瞬に終わった優勝決定戦の後、朝青龍の浮べた苦笑いが、いわば今場所のすべてだった。見かけ倒しともいえ、ひさしぶりに相撲随談を書こうかと思わせる面白さでもあった。

決定戦の仕切りはなかなか面白かった。白鵬もおとなになったなと思わせる風格すらあった。時間一回前、塩を取りに行って、長いこと何かを念じるかのように蹲踞を続けていたのが印象的である。朝青龍はすでに塩を手に立って待っている。

それより前、決定戦の時至って土俵下に出てくるときは、朝青龍がかなり遅れた。支度部屋の様子をテレビが詳しく写していたが、朝青龍が何やらするのに手間取っていて、白鵬がすでに土俵下に達したころになって、合図の析の音に気がついてオッと気合をかけて出て行った。解説の北の富士氏が巌流島の武蔵みたいだと言ったのもむべなることである。

そのお返しというようなことではまったくあるまい。立会いの変化も、長いこと念じていた時に、考えたのかどうかもわからない。夜のテレビ出演の際には、一瞬に閃いたと語っていたが、その通りであるかも知れない。以前、関脇ごろまでは、目先の勝ちにこだわって立会いに変化をすることがよくあって、そのためにあまりいい印象を持てなかったものだが、今度のは、それとは違う種類のものだろう。気力を煮詰めて、表面張力のようにはりつめた一瞬の閃きである。そういう閃きは信じたほうがいいのである。

負けた朝青龍の苦笑いもよかった。こちらには、本割の千代大海戦で、文字通り猪突猛進の相手に体をかわして、決定戦出場と体力温存を確保した確信犯としての意識もあったろう。しかし同時に、白鵬の気力の並々ならぬものを察知していればこその、気持ちいい笑いでもあったろう。あの笑いには横綱の風格があった。

横綱の風格といえば、私の記憶の原点にあるのは、戦中戦後にかけての大横綱羽黒山である。今場所は、あやしげな人物が東西の支度部屋を行き来していたということが問題の火種になったが、昔の支度部屋というのは、報道人でさえそう気安く出入りするものではなかったらしい。よく覚えているのは、まだ私が小学生のラジオ時代、非常に珍しいことですとアナウンサーが念を押して、支度部屋探訪というのを放送したときのことだ。いろいろな関取にインタビュウの後、いよいよ横綱の羽黒山関です、と言っても羽黒山は何も答えない。そのうち、鼾が聞こえ出した。狸寝入りをしているのだ。そこでアナウンサー曰く。皆さん、これが横綱羽黒山の鼾であります。と、そのとたんに、わっはっはっは、と大きな笑い声が聞こえてきた。これが、私の考える横綱、さらには「お相撲さん」というものの貫録であり、憧れと親しみと、それからユーモアの原点である。

もし相撲の魅力とはと問われるなら、突き詰めたところ、この逸話の中に煮詰められているもろもろが、力と美になって顕われたもの、と答えよう。そういう風格なり味わいなりを感じさせる相撲取りが私には掛け替えがないのであって、それは国籍の如何を問わない。それで思い出した。皇太子さんの愛子姫が学齢前というのに大変な相撲通で、琴光喜の大の贔屓なそうだが、たしかに、琴光喜というのは白面でいかにもお姫様に愛されそうな風趣をもっている。角界引退後は、愛子姫の侍従にでもなったらさぞ頼もしいだろう。

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