随談第182回 今月の歌舞伎から(その3)仁左衛門の実盛

今月の見ものはといえば、まず仁左衛門の実盛である。仁左衛門としても、何度も手掛けた中でも今度が最も滋味深く、十五世羽左衛門の昔は知らず、私の観劇歴に限っていえば、最もすぐれ、最も感動の深い実盛であったと言い切って差し支えない。

いったい、通称『実盛物語』というこの作が私は好きでたまらないのだが、実は、ひと通りの域を超えて、これならという舞台にはなかなかお目にかからないのも事実だ。B級古典としてわりに気軽に上演されるが、じつは人を選ぶ狂言なのだ。

まずこの劇を成立させている、シュールリアリスティックな時間と歴史の感覚にふさわしい爽やかな軽みのある仁の持主でなければならない。実盛は、物語で小万の腕を切る「過去を再現」し、ついで太郎吉にむかって、20年後に篠原の合戦でおれは成人したお前に討たれるのだよと語って「未来を再現」する。この超現実は、義太夫狂言という時間の形式と様式があって成立する。なまじな現実感覚を持ち込んで失敗する例が多いのは、この劇のシュールな構造をよく理解しないためである。熊谷や盛綱に成功したからといって、実盛にも成功するとは限らないのも、そのためである。

さらに実盛は、村の名を「手孕み村」と命名したり、太郎吉を手塚太郎光盛と名付けたり、「命名」という歴史の始原に関わる祭司のような役割を自らすすんでつとめるが、この劇ほど、「歴史を語る」という浄瑠璃という祭祀のロマンチックな本質を備えているものはない。ここには民俗のロマンが、小さくかわいらしく、それ故に純粋な形で語られている。

実盛は、現実には源氏に心を寄せながら平家に従っている二股武士かもしれない。未来を予言したり、死人の腕を接いで蘇生させたり、奇蹟の由来を語ったり、命名したり、超能力者みたいなことをするくせに、世の現実の中で生きていくためには心ならずも二股武士として生きていくしかない浮世の哀しみを知ればこそ、実盛は限りなく、九郎助一家の人々にやさしい。颯爽として軽く、同時にやさしく、慈愛に満ちている。

そういう実盛を演じるのに、末梢的リアリズムは禁物である。物語は過去を再現するための異次元であり、一人芸に終始すべきだし、角々の見得やキマリも大きく身を揉んできっぱりと演じなければならない。糸に乗るべきところはたっぷりと乗って、照れたりしてはならない。それでいて、小万や太郎吉や、モドリになった瀬尾やへの情愛も肚を充分にもってつとめなければならない。要するに、中途半端な近代主義を持ち込んではならない。

現代の実盛たちの中で、こうした私の実盛観にもっともふさわしいといえば、仁左衛門を擱いてはない。芸としての充実という意味では、前回十六年十月のときの方が勝ったかも知れない。だが今回は、それに代わって余りある滋味がある。太郎吉の鼻をかみ、馬に乗せてひと回りするところで、私は涙を禁じ得なかった。もちろん入れ事だが、あれほど、少年の憧れというものを万人の前に具現してみせる情景はないのではなかろうか。

最後に、わたくしごとを白状しておこう。仁左衛門が東京での初演として旧新橋演舞場で実盛を演じたとき、それを劇評に書いたのが『演劇界』の劇評募集に当選したという因縁話である。ちょうど三十年前、孝太郎が太郎吉だった。

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