随談第193回 今月の歌舞伎から(9)「め組」と「を組」の辰五郎

前進座が国立劇場公演でひさしぶりに「新門辰五郎」を出している。前進座の青果劇の中でもとりわけ前進座色の強い、それだけに、もっと宣伝してもいいものだ。

大歌舞伎では勘弥がやったほかは、萬屋錦之介のを見た程度。勘弥のは、晩年の渋味が利いてからの勘弥らしい、イナセにいぶし銀をかけたようで、なかなかいいものだったが、青年歌舞伎が壊滅してからの若き日のいっとき、二代目左團次の一座にいた時代に蓄えた薀蓄の一端を見せようとしたものに違いない。またこのときは猿之助が小鉄をやっていて、これは猿之助若き日の俊秀ぶりを示す、なかなかの秀作だったと思う。大歌舞伎でも、誰かこの青果劇中の異色作に取り組まないかと思うのだが、群集劇としての半面が、上演を難しくしているのだろう。

ところで今度の『新門辰五郎』は、現在の前進座の持てる力を発揮した好もしいものだった。群集劇であることが、逆に前進座らしいよさを発揮する。翫右衛門から梅之助を一代飛ばして梅雀の辰五郎と、小鉄の矢之輔という配役は名案といっていい。傑出した大親分としての辰五郎より、群集劇の結節点の二人、というぐらいの方が、青果臭ともいえるある種のものものしさをあまり感じさせず、むしろ現代的な行き方ともいえる。

鳶の群集劇といえば、偶然とはいえ、歌舞伎座でやっている『め組の喧嘩』と重なり合う。「め」組と「を」組ととんだ二人辰五郎だが、菊五郎・時蔵の辰五郎夫婦、團十郎の四ツ車・海老蔵の九龍山の錦絵の如き両力士、左團次の江戸座喜太郎、梅玉の炊出しの喜三郎などと揃ったところは、何といってもいい。安定感がもたらす豊かさは、とりわけ菊五郎劇団ならではの、永年築き上げた信頼感の賜物でもある。

もっとも團菊爺イめいたことをいうなら、「め」組の鳶の面々の勇ましさといい、身の軽さといい、なんとなくヤワになったような気がしないでもない。花道から駆け出してきて小屋の屋根へ駆け上がるところで、鳶らしからぬ身ごなしや、体重の重さを感じさせた鳶が、幾人かいたようでもある。

一方、「を」組の辰五郎率いる江戸の鳶と、会津藩抱えの小鉄配下たちの、前進座一流のマスゲームは、こういう芝居だと充分に効力を発揮する。同じ面々が、もうひとつの演目『毛抜』に出ているときとは別人のごとくである。(八重菊でよき風情を見せる菊之丞あたりにして、小野春風では格段の差が出る。)辰五郎が火事場装束に着替える間をつなぐ木遣や、揃って押し出す男っぽさは、好悪は別として、その統率の見事さと手づよさという点で、歌舞伎座の「め」組たちを凌いでいる。思えばこの『新門辰五郎』こそ、前進座版の『を組の喧嘩』なのだ。

そう思って見れば、冒頭の新門側と会津側の衝突、激突するのが芝居小屋と娘義太夫、両辰五郎の逡巡、ついに決意しての激突と、作者はかなり意図的に『め組の喧嘩』を書き換えていることがわかる。それにいま改めて見ると、作としては少々アラも気になる。辰五郎側に比べ、会津側があれではいかにも敵役のようで、理屈をいえば、小鉄の統率者としての力量が問われそうだ。もっとも「め」組の作者も鳶に甘く角力には辛いようだが。

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