随談第196回 観劇偶談(その89)二枚のCD

このところ愛聴している二枚のCDがある。どちらも若い(?)女性邦楽家の演奏を入れたもの。一枚は寄席の色物として端唄・俗曲のたぐいを聴かせている柳家小菊の弾き語りで『江戸のラヴソング』と題するもの、もう一枚は、女流義太夫の名人竹本駒之助の三味線を弾いている鶴澤津賀寿の、第4回ビクター伝統文化振興財団賞授賞を記念した『心中天網島・大和屋の段』。クエスチョン・マークなどつけたが、それぞれの属する世界では、ふたりとも、そんなマークなど掛け値なしに不要な若さである。

どちらも、じっくり聴くもよし、パソコンのキーなど叩きながらくつろいで聴くもよし、どちらの聴き方をしても、心なごみ、こころ嬉しくなる好き演奏である点で共通している。もうかなり聴いたがすこしも飽きることがない。これは、凄いことである。

小菊を知ったのは、イイノホールで先代金原亭馬生の独演会だったかと、何かの会で柳家小三治が上野の本牧亭で『死神』をやったときと、相前後して聴いた折なのは覚えている。びっくりするような(場違いなほどの)若さで、本牧亭のときなど、一緒に聴きに行った友人のSなど、かぶりつき同然の間近から呆然として見つめ続けるるものだから、小菊の方で照れてしまって、そんなに一生懸命になられるとくたびれてしまいますよ、などと茶々を入れたりした。

その後、あまり寄席にも落語会にも行かなくなったので、しぜん、忘れるでもなく遠ざかっていたが、最近になって、津賀寿女史から噂を聞いたり、ある席でひさしぶりに聞く機会があっていたく感心したりということが続いたので、仕事をしながら聴くのにちょうどいいかな、というぐらいの気軽さで買ったCDだった。もともと美声で艶があったが、ちょうど芸も盛りの年配・芸歴となったいま、まことに聞き惚れるよき芸人として成熟していた。「両国風景」だの「木遣りくずし」だの、なんとも気持ちがいい。

津賀寿とは、まだ彼女が素人の時分からの付き合い(?)で、プロの、それも太棹の三味線弾きになったときはびっくりしたが、ついこないだのようで、考えればそれから然るべき歳月が経っている。とはいえ、一介の素人がこれだけの立派な演奏をするようになるには、決して長いとはいえない。天分もあるだろうが、それ以上に努力のほどがしのばれるというものだ。駒之助師の三味線を弾くようになった当初は、骨格は大きいがかなり硬い三味線を弾いていたように覚えているが、このCDの[大和屋の段]などを聴いても、ずいぶんとやわらかい音を出している。よき師にめぐまれた天の配剤と、くりかえすが精進の賜物というほかはない。駒之助さんの会は出来る限り欠かさずに聴きに行くが、じつは津賀寿の成長ぶりを聴きに行くのでもある。(別に保護者でもないのに!)

それともうひとつ、これは私の確信だが、彼女の今日をあらしめた根拠として、芸としての、また人としての彼女のセンスのよさも、預かって力があるにちがいない。まれにデート(!)などしても、素人だった昔とすこしも変わることのない人となりは、つまるところこの人間としてのセンスのよさのあらわれであり、それがおのずから芸に通じているのだと、私は信じている。そうでもなければ、こんな気持のいい芸はありっこない。

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