随談第227回 50年代列伝(13) 昭和29年という分水嶺

稲尾の死を伝えるテレビのニュースで往年の映像が流されたのに思わず見入った。ピッチングフォームのダイナミックにして流麗なこと。いざ投球に入るときに、膝だか足首だかわからないがバネのように全身がグッと浮かび上がるようになる。それでいて流れるようだ。この、ヒョイと伸び上がるのは金田正一もそうだった。中西太をはじめいろいろな関係者が画面に登場して稲尾の思い出を語ったが、中に川上がまだ元気な顔で口調も衰えを見せずに登場したのにはウームと唸った。この人だけ、世代が違うのだ。思えば戦前派は、もうこの人だけになってしまったのかも知れない。(ついでにいうと、川上と同年の生まれに雀右衛門、森光子、原節子という顔ぶれが並ぶのだそうだ。)

矢野誠一さんが最近『オール読物』に大下のことを書いた文章を読むと、野球に関する私の最古の記憶に触れる名前が続々出てくる。野球の話というと王・長嶋以降の話をする人はわんさといるが、一リーグ時代の話が出来る人というのはじつに貴重である。二リーグになっても、まだしばらくは、選手も観客も球場も、気風も雰囲気もそれまでのものを引きずっていたような気がする。やはり長嶋以前と長嶋以後、で時代が変ったのだ、という私の持論からすると、大下のような存在は、福沢諭吉ではないが一身にして二世を生きた人ということになる。そうして稲尾はというと、世代からいえば長嶋世代なのだが、雰囲気としてはむしろその前の世代と重なり合っていた人、という気がする。

折から出た『談志絶倒・昭和落語家伝』という本が噂に違わず面白いが、昭和29年という時点で切り取っているのが、実に効いている。まさに、二リーグにはなったがまだかのN氏は登場せず、一リーグ時代からの空気が続いていた時代と重なり合う。田島謹之助氏の、これまた昭和29年で切り取った高座の写真が素敵にいいが、みな若いこと。円生などいやらしいぐらいに色気があるし、小さんも気味が悪いほど若いし、馬生がある種のプリンス的な風情を備えていたことに、いま改めて見ると改めて驚く。しばし見入った。

その中で談志が、柳好のことを書くのに大下を引き合いに出している。誰のどの噺が一番か、と絞っていったら柳好の『野ざらし』になるというのだ。川上だ藤村だと強打者を指折り数えていって結局残るのは大下だ、という論法に拠ってのことだが、しかし柳好と大下という取り合わせは談志でなくては思いつかないし、言えないだろう。そうしてその大下は、やはり西鉄ではなく、セネタースの紺のユニフォーム姿でないとピントがフォーカスしない。(同じように、張本や金田も、元巨人でなく、元東映であり元国鉄でなければならない。少なくとも、その方が彼らははるかにかっこいい。選手のイメージというものは、見る側からは、活躍したチームのイメージと固く結びついて記憶に残るものなのだ。だからこの頃の選手が、FAなどといってチームを変えるのはちと考え物だと思う。)

中日が日本シリーズに勝って53年ぶりというニュースがしきりに流れた中で、そのときのメンバーというのが出たが、服部受弘がライトになっていたのでアアと思った。私の中では、服部は髭の剃りあとが青々とした投手なのである。新聞のOBの談話記事の中に杉山悟の名前があったのも、こういう人のインタビュウを取った記者のヒットである。

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