随談第244回 歌丸の宇野信夫物

国立演芸場四月中席で歌丸が宇野信夫作の『大名房五郎』を出しているのを聞いてきた。去年は聞きはぐったが、おととしの『人情話小判一両』以来、シリーズ第三回とはっきり謳っている。来年は『鶉衣』を、などとも予告ともつかないことを言っていたっけ。

いよいよ円生路線も本格化、というのは決して皮肉でもなんでもない。言葉の捌き方、切れのよさ、人物の仕分けの呼吸・・・といったことが、いわゆる円生を「張っている」という気障や嫌みにならずに共通しているところが、偉いところだ。

『大名房五郎』という話は、円生がやったのを聞いたつもりではあるのだが、正直のところ、印象として残るような記憶がない。しかし、今度歌丸のを聞いていて、なるほどこれは、作者が円生を想定して作った作品だなということがあきらかにわかる。むしろほほえましいほどで、絵の値段を五十両から吊り上げていくやりとりに、後ろから亭主の袖を引く女房からむ、三人の仕分けを何度も繰り返すところなど、円生の芸を前提にして、作者がほくそ笑みながら書いたに違いない。当然、話としても芸としてもここが聴きどころであり、仕どころなわけだが、歌丸もここはなかなかのものだった。もっとも、ここが駄目なら、この話は出せないに違いない。

とにかく、耳で聴く言葉として、いま現在、私にとって一番心地よい「日本語」を堪能できるのは、歌丸を聞くときであると言っていい。江戸を踏まえた東京言葉のリズムやテンポや音調の作り出す諧調の快さである。

やや旧聞になるが、先月、浜松町の文化放送のスタジオで月一回開催している「浜松町かもめ亭」で、川柳川柳喜寿記念会と謳った会を聞いた。川柳を聞くのはずいぶん久しぶりだが、すっかりあくが抜けて、いいおじさんになっているのが面白かった。そうなってみると結構品も悪くなく、なんでも、福田首相に似ているというギャグが目下受けているのだそうだ。なるほど似ている。顔だけでなく、喋り方まで、こういう似方というのは、人物としてもご両所にはかなり共通するものがあるような気がする。人物研究上からも、思わぬ発見であった。(ついでにいうと、賛助出演の快楽亭ブラックには大相撲の把瑠都を連想した。人相がでなく、手触りというか、感触の問題である。)

喜寿記念でもあり、円生の二番弟子という意味合いからだろう、川柳は中入り前に『看板のピン』を、トリにかのなつかしの『ジャズ息子』の二番をやった。昭和三十年前後の、ジャズというものが戦後のアプレゲールの世相を象徴するものであった時代の、いまとなれば格好の史料的文化財ともいえる。しかし、いま改めて(つまり余計な夾雑物に煩わされずに)聞くと、階下で父親の語る義太夫が『合邦』であったりすることや、そのエスプリの捕まえ方など、これはこれでそれなりの薀蓄が篭められていたのだということに思い至る。円生の二番弟子だけのことはあったのである。

国立演芸場では、東京ボーイズという歌謡漫談が、「千の風にのって」の替え歌として「時津風になって」というのをやりかけて、「ビール瓶を」といったところで引っ込めてしまった。ちょいと悪くなかった。

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