随談第248回 観劇偶談(その114)吉之丞を見る楽しみ

いま、歌舞伎を見る楽しみの随一は、中村吉之丞を見ることであるかも知れない。私たちが歌舞伎を知り染め見覚え、感覚として身に心に肌に馴染ませた、スタイルや色合いやリズム感や、要するに歌舞伎を見て快適と感じる、歌舞伎ならではの知覚感覚を、いま誰よりも満足させてくれるのは、思えば吉之丞を措いてはない。

若いときから、吉之丞は歌右衛門に似ているといわれていた。その長身、少し猫背気味で前かがみになった姿勢や身のこなしや、発声やうねるようなセリフのねばりがそう感じさせるのだが、老来、近年にいたって淡々剽々、どことなく浮世ばなれした風韻が、おのずからなるユーモアを感じさせるようになった。気品があり丸本物を演じて格高く、それでいながら軽味のある具合が、何ともいえない。今月の新橋演舞場の開幕に、染五郎の六助と亀治郎のお園で『毛谷村』が出ているが、そこで吉之丞演じる老母お幸が、まさしくその好例だ。カットされることも多いお幸の入り込みを出したのは、吉之丞があればこそといえる。

押しかけ嫁入りならぬ、押しかけ姑である。その気品、おのずからなるそのユーモア。格に入りながら格に捕らわれず、楽々と芝居をしながら、突っ込むべきは充分突っ込んで演じる。金包みを、ヒョウと六助に向かって投げつける。と今度は、六助が投げ返してくるのを、ヒョウと受ける。その意外性が、吉之丞自身のユーモアと渾然とひとつになって、もう、たまらなく面白い。(六助役の染五郎も、なかなかよく受けている。)開演間もないくだりだから、ちょっと遅刻したらもう見られない。大損をすることになる。

ひと昔、いやふた昔まえ、尾上多賀之丞という高齢のお婆さん役者がいた。若いころ、浅草の小芝居のスターだったのを、六代目菊五郎に女房役者にと見込まれて、大歌舞伎の人となった。しかし戦後われわれが、いやもっとまえの世代の観客にとっても、多賀之丞といえばお婆さん役者だった。「六段目」のおかやを、この人は生涯に何度演じただろう。婿の役の勘平は、六代目菊五郎にはじまり、すくなくとも三世代に優に及んだ。八十歳の高齢で演じた『加賀鳶』のお兼の、婆ア按摩のなんとも言いようのない色っぽさ。『伊勢音頭』の万野の、見栄の場所に巣食っている女ならではの色香。どちらも、いやな女の役でありながら、芸そのものは品格があって卑しくない。世話物ばかりではない。梅幸が『鏡獅子』を踊れば、幕開きの老女は多賀之丞に決まっていた。その「白」の老女の鬘の、なんと品格のあったことか。

多賀之丞は、もともとの芸のよさに加えて、第一線級の諸優よりひと時代古い歌舞伎を身につけている脱俗の境地が、えもいわれぬ風雅や、生きることの哀歓を、おのずから見る者に感じさせたのだと思う。最近の吉之丞を見ていると、別に芸風が似ているわけでもないのに、多賀之丞を思い出す。多賀之丞ほど高齢なわけではないが、ある境地まで達した芸がおのずから醸しだす風韻が、通じ合うものを感じさせるからだろう。

今月のお幸は、そのほんの一端である。何の役をしてもおもしろい。芸が冴え渡っている。敢えて言う。いま、私がだれよりも愉しみにして見る役者は、ほかでもない、中村吉之丞である。

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