随談第593回 このところの話

前回と前々回の第591回と第592回でうっかりミスを二件、犯していたことに後になってから気が付いた。まずはそのお詫びから。
一件目は第591回のフランス女優ミッシェル・モルガンの訃報のところ。子供のころ西洋人の女性、特に女優の顔を怖いと思うことがよくあったが、彼女などもその代表格だったと書いた話の続きとして、同時代のフランス女優の連想から、『天井桟敷の人々』のアルレッティなどもそのひとりだった、と書こうとして、そのアルレッティの名前が不意に出なくなった。こういうことは若い時にだってあることだが、近頃頓に多くなったのは残念ながら歳のせいと思わざるを得ない。目の前にいる孫の顔を見ながらいまは50歳を優に超えている筈の甥の名前が口をついて出たりする。溺愛?する身内の幼い子供として、年若の叔父として初めて接した甥の名前が脳裏の最深部にインプットされているのに違いない。で、こういう場合、しばらく放っておくと自然に記憶が回復するのが分かっているから、それから書き加えればいいと思って取り敢えず先を書き進めたわけだが、今度はそれを失念したまま載せてしまった、というのが事の次第。掲載が大分間遠になっているのが気になっていたので少々気が急いていた、ということもあったとはいえ大トチリではあった。

もっとも、こちらは恥になりこそすれ迷惑を及ぼすことではないが、もう一件の方は、前回の最後の話題『マリウス』について新橋演舞場でと書いたのは全くの勘違いが原因のうっかりミス、正しくは日生劇場だった。こういうミスはよろしくありませんね。改めてお詫び申し上げます。

ところでその新橋演舞場は愛之助らによるブロードウェイ・ミュージカル『コメディ・トゥナイト!』なるもので、ちょいとこれは、どうにもならないものだった。「ローマで起こったおかしな出来事」の「江戸版」と副題に謳っているが、うわべだけローマを江戸におきかえたところで話のポイントが土台から成り立たず、洒落にもならない。企画の見通しの甘かったが故の失敗だから、愛之助が懸命につとめるだけ気の毒になるばかりで、とても笑えるものではない。

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大相撲春場所はおそらく誰ひとり予想しなかったであろう筋書となって、さしも普段は関心を示そうとしない民放各局まで、春場所だけでなく相撲の話題をいろいろな番組にして放送を始めている。稀勢の里はこれで断トツに人気随一の力士となったに違いない。相撲ぶりもだが、横綱の土俵入りが、所作のいちいちに重みがあって近来稀に見る素晴らしさだ。セリ上がりの前傾も程がよく、したがって風格が出る。最近の横綱は皆、不知火型だとそうなりがちなのは差し引いても前のめりに突っ込み過ぎるのが気になる。マスコミが、何秒かかったからどうのということばかり問題にするのはおかしな話で、流れと間合いが整っていることが肝要で、先輩の三横綱の中では、リズム感がいい日馬富士のが一番、白鵬のは、ひとつの所作ごとに流れが停滞する感じが感心しない。

万人が目撃していた土俵上での怪我を押して出場、優勝を決めたのは、貴乃花最後の優勝のケースが、小泉首相の「痛みに耐えてよく頑張った、感動した」という総理大臣杯授与の際の「名言」で誰知らぬものないが、13日目の土俵で負傷、休場かと思われたときに連想したのは、昭和31年秋場所の初代若乃花のことである。前場所初優勝してこの場所も最有力と目され、当然横綱昇進が期待されていた初日目前、煮立っているちゃんこの大鍋を、回りではしゃいでいた3歳か4歳ぐらいだったかの長男坊がひっくり返して全身火傷で死去するという不慮の悲劇に見舞われた。当時大関で若の花(はじめ若ノ花だったのが、験を担いで若の花となったら大関となり、こののち、若乃花と改めて横綱になったのだったが、「ノ」「の」「乃」、どう書こうと、本来こういう場合の正式の表記は「若花」であり、「の」は補いのためなのだからどう書いても同じことであり、この改名は意味がないと評した古老がいたが、なるほど、一理ある一家言であろう)といっていたが、その日からちゃんこを絶ち、土俵に上がるとき以外は大きな数珠を掛けて念仏三昧で秋場所に臨んで、鬼神の乗りうつったように連戦連勝、12連勝したところで高熱に倒れ休場となった。それでも千秋楽に再出場、勝てば優勝というので、本割が組まれて横綱の栃錦と対戦と決まった。ところが高熱が引かない、協会も異例の措置を取って、幕の内の取組み開始の時刻まで出場を待とうということにしたのだったが、遂に高熱が引かず欠場となり優勝を逃し横綱昇進もお預けとなった。(つまりこの場所、若の花は不戦敗が二つ付いて12勝2不戦敗1休み、という戦績だったことになる。)しかしこのときの強烈な印象から「土俵の鬼」という異名が出来、若乃花人気は爆発的なものとなったのだった。(日活で映画化して題名も『若の花物語・土俵の鬼』、本人役には本人が出演し、奥方役をつとめたのが、のちに石原裕次郎夫人となった北原三枝だった、という嘘のようなホントの話がおまけにつく。)

負傷を押して優勝、物凄い形相が評判となったという点では貴乃花の時と共通するが、しかしあの時の貴乃花はすでに功成り名遂げた晩年だった。片や新横綱の場所、片や横綱目前の場所でそののちに全盛を迎える期待をいやが上にも高揚させたという意味では、今度の稀勢の里のケースは初代若乃花を襲った惨事と重なり合う。確かに、八角理事長の言うように、後世語り継がれるであろうことは疑いない。但し問題は、あの怪我が今後の土俵にどれだけ尾を引くかということであろう。顔を歪めてしばし動けず、検査役の親方に背を持たせかけるというあの様子から察するに、筋肉断裂とでもいうことでなければいいが。

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それにしても、稀勢の里礼賛の声に覆われてほとんど聞こえてこないが、当の相手が照の富士であったというのは因縁というほかはない。一昨年秋場所13日目、照ノ富士が土俵上の取組みで膝を痛め、以後1年半、低迷を続ける原因となった一番の相手が稀勢の里だったのだ。たまたま私は見に行った日だったから、膝が折れるように崩れ落ちたさまを眼前にしたが、あの負傷がなければあの場所優勝して連続優勝、横綱になっていたところだった。踏ん張りが利き、寄りをこらえたり、吊り上げたりする怪力を発揮出来るようになった今場所は7割程度の回復具合と思われるが、終盤の遠藤戦と鶴竜戦で無理をしたのが祟って、稀勢の里との二番は膝の悪さがかなり目についたのも、事実として誰かが書いておくべきだろう。(このことは琴奨菊戦での問題の立会い変化にも微妙に影を落としている筈だが、しかしああいう一番で「あれ」をやっては、完全アウェイになってしまうのはやむを得ない。あの一番で出来た悪役イメージは今後の相撲ぶりで払拭するしかない。)

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照の富士との本割の一戦の最後の仕切りに入る時、解説の舞の海氏が、私なら右に変化し(て右上手を取りに行き)ますね、と言ったのが適中し稀勢の里が立会い右に動いて右上手を取りに行ったのだったが、立ち合い不成立となって、今度は左へ大きく変わるという動きを見せた。これまでの稀勢の里だったらこういう機転を利かせられたか、少々疑問だが、こうした場合、少なくともスポーツ番組と称するほどの番組なら、不成立となった初めの立ち合いから映像を見せなければいけない。照の富士が琴奨菊に見せた立ち合いの変化も、実はその前にまっすぐに立ったのが不成立となってやり直したという前提があってのことだった筈だが、その晩のサタデー・スポーと題するNHKの番組では、二度目の立ち合いからしか映像を見せなかった。中継放送を見なかった人は、その前に不成立となった立ち合いがあったことは知らないままということになる。ニュース番組の中のスポーツ・コーナーならともかく、これはスポーツの専門番組ではないか。もう5秒、時間を割けばすむことで、司会者とレポーターのじゃれ合いみたいな余計なお喋りを5秒だけ早くやめれば事は足りるのだ。この番組に限らず、近頃この手のことが多すぎる。

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先に書いた映画『若の花物語・土俵の鬼』だが、当時日活では、元大関が糖尿病のため幕尻近くまで凋落して再起、敢闘賞を受賞、40歳にして関脇まで復活する感激を描いた『名寄岩物語・涙の敢闘賞』の好評に続けて『川上哲治物語・背番号16』『褐色の弾丸・房錦物語』『怒涛の男・力道山物語』など、どれも本人が出演して本人自身を演じるという映画が次々と作られたその一作である。(若乃花や川上、力道山はともかく『房錦物語』と聞いてハハンとわかる人はこのブログを読んでくださる方の内どれぐらいいるだろう? 今で言うなら『遠藤物語』みたいなものだといえば一番手っ取り早いか。房錦は遠藤とは顔は似ていないがやはりイケメンで、前捌きのいい寄り身を得意とする好力士という点では共通する。関脇まで行ったが、まだ若い横綱だった大鵬が何度か苦杯をなめたことがある。)

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怪我の話ばかりだが、相次いでのアキレス腱断裂で片や十両、片や何と幕下にまで下がってしまった安美錦と豊ノ島が苦闘を続けているのを見るのは本当に胸が痛む。こういうことが、私にとっては一番と二番の贔屓力士であるこの二人に相次いで起こったのを見ると、神の悪意とでもいうべきものを思い浮かべざるを得ない。二人とも当代屈指の相撲巧者だが、その巧さも立ち合いの当たりや出足、踏ん張りが利いてこそ十分に発揮されるものだから、一見以前と同じように取っていても、むざむざこのあたりの地位の力士に負けてしまう姿を見ることになる。今の尾車親方の大関琴風や、近くはいまの栃ノ心なども幕下に落ちて復活したが、まだ若かったから可能であったことで、今度の二人のように年齢が行ってからではなかなか難しいのだろう。出来る限りBSの放送で取組を見るようにしているが、午後二時、三時という時間だから欠かさずというわけにもいかない。何とかいま一度、幕の内に復帰した姿を見る日を願うしかない。
 アキレス腱断絶というと思い出すのが往年の横綱羽黒山で、終戦直後の昭和22年頃まで、たしか4連覇と無敵の豪勇であったのが、二度に亘ってアキレス腱を断絶、四年間、優勝から遠ざかってしまった。そもそも、小学生だった私がアキレス腱という言葉を覚えたのはこの羽黒山の一件によってのことだったから、いまなおアキレス腱と聞くとすぐ羽黒山を連想するように頭の構造が出来上っているのだ。こうした不運にも拘らず40歳近くまで強豪の名を辱しめることなく横綱を張り続けて、最晩年に全勝優勝した時のことは忘れがたい思い出として、新進の横綱の千代の山を下手投げで破った千秋楽の一番など、ラジオのアナウンサーの声まで耳に残っている。

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むかし話にかまけるようだが、相撲だろうと野球だろと、芝居だろうと、結局のところ、どれだけ多くのむかし話を総和として蓄積しているかが、そのジャンルの厚みやら懐の深さやらを決めると言ってもいいのではあるまいか。女優の富士真奈美という人がなかなか端倪すべからざる女史であるらしいことは、ときどきテレビで喋っている姿を見て知ってはいたが、先日、風呂上がりのつれづれに何気なくつけたテレビの番組で、佐藤浩市等と駄弁っている中に、話題が高校野球になると、突如、巨人へ行った新浦が静商のエースで投げた試合をあたし下田の砂浜でラジオで聞いていたの(彼女は伊豆の出身らしい)、とか、放浪画家の山下清さんと(何かの番組でか)柏戸さんの部屋を訪問した時、柏戸さんが喜んで、タクシーで帰るとき裸のまんまで手を振って送ってくれたの、といった話がすらすら出てくる。面白い。オーオー、という感じでつい見入ってしまったが、彼女はこういう話題をいくつも持っているに違いない。新浦などという名前がすらっと出てきたり、裸のまま手を振ってタクシーを見送ってくれたなど、いかにも柏戸の一面らしい。いわゆるオタクとは違う、自由気ままに悠然と楽しんでいる感じがいい。
 それで、というわけではないが、稀勢の里の本名が萩原寛というのを今度知って、ヘエ、と思った。戦後、一リーグ時代最後の年と二リーグ時代一年目の二年間、巨人の正右翼手だった同姓同名の選手がいたのを思い出す。つまり中島治康と南村不可止の間をつないだわけで(なんて言っても、分かる人はどれほどいることだろう?)、台湾出身で前名を呉といった。戦前巨人、戦後阪神で活躍した呉昌征とは別人で、あまり目立たない地味な存在だったが、『エノケンのホームラン王』という巨人軍選手総出演の映画にちらっと出てくる。

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WBCというと日本の戦績のことばかりが問題になるが、もう少し目を見開いて眺めるなら、今回最も注目すべきは、アメリカが、メジャーの選手を揃えて優勝するなどようやくこの大会の意義に目覚めた感のあることである。野球は、オリンピックの種目に入れてもらおうなどと齷齪するより、WBCを真の世界大会にして隆盛を図るべきだというのが、私の持論である。将来その隆盛に気が付いたIOCが、ベースボールもオリンピックに参加してくれと頼んできたら、ようやく、まあ、出てやるか、と答えればよろしいのだ。サッカーだって、世界大会の方が本大会ではないか。

カリブ海上に浮かぶ一島嶼をかつてオランダが領有したのを起源として、自治領となった今、野球強国の一角を占めるようになったり(バレンティンよりはるか前にヤクルトにいたミューレンが監督をしているのも、ヘーエという面白さがある)、アメリカ球界のマイナーリーガーでチームを編成したイスラエルが予選リーグで健闘したり、注目に値するおもしろい話柄がいろいろあった。こうした視野を拡げて見るなら、準決勝敗退という今回の日本の戦績は、それなりに悪くない位置取りだったとも言えるのだ。