随談第587回 舞台随想

今月の歌舞伎では、玉三郎の道成寺に心が留まった。並々ならぬ思いが察しられたからである。決意、と言ってもよいし、心意気と言ってもよい。『京鹿子娘五人道成寺』という外題を見た時は、『日本振袖始』ならぬ五岐大蛇みたいだと思ったりもしたが、舞台を見ている内にそんな軽口を叩く気持ちは消え失せた。これで玉三郎は『娘道成寺』を舞い納める覚悟かも知れない、そう思わせるだけの強い意志がそくそくと迫ってくるのを感じた。

体力から言っても、玉三郎が『娘道成寺』を一人で踊り抜くことは多分もうあるまい。菊之助と踊った『京鹿子娘二人道成寺』も、新しい歌舞伎座で踊った東京での三演目が見納めと思っている。今度の「娘五人」は娘を三人増やしてそれだけ体を楽にしようというだけのことではあるまい。勘九郎、七之助、梅枝に児太郎。これと見込んだ四人の後輩を率いて、道行は五人、三蓋笠は児太郎、鞨鼓は勘九郎・七之助、「ただ頼め」は梅枝に任せ、クドキその他、ここぞという処は自ら踊る。『京鹿子娘二人道成寺』のようなさまざまな含意が読み取れるような構成の妙があるわけではない。役名は五人ともが白拍子花子だから、五人一身ということなのだろうが、そのこと自体に格別の面白さがあるわけでもない。むしろ、全曲を一人で踊り抜くことの無理を悟り、受け入れた玉三郎が、四人の後輩を自ら率いることによって五体一身の心で、自身の『京鹿子娘道成寺』を踊り収めようとの意思を私は読み取ったと思った。そしてそのことに感動を覚えた。クドキへの心入れ、四人を従えて鐘の上に立ち、見得をするときの気迫には、玉三郎一代の『娘道成寺』を誇示するかのような格別な美しさがあった。

***

これを見るまで気づかなかったが、児太郎は国立と掛け持ちである。『仮名手本忠臣蔵』第3部としての八段目と九段目の小浪という大抜擢の大役と、この顔ぶれでの『五人道成寺』の一人という大抜擢である。児太郎にとっては生涯忘れられない月になるだろう。またそれによく応えている。芸の未だしをあげつらうより、一心さを以て芸の不足を上回った「初一念」をこそ、認めるべきであろう。

梅枝については、私は夙に、講師を引き受けているカルチャー教室で、株を買うなら梅枝株を今のうちに買っておくことを勧めます。それもすぐに売らないで、財産として取ってお置きになるとよい、と話してある。曾祖父三代目時蔵の俤を見ているからだが、今月の花子と『寺子屋』の戸浪を見ながら、むしろ三代目左團次を思い出した。どちらに似たところで、今の世にあの顔の長さは、それだけでも希少品だが、もちろんそれだけが理由ではない。相撲で言えば、腰の備えがいい。とり越し苦労をひとつするなら、あまりああだと、人気の上で割を食ったりしないだろうかということだけだ。

七之助がすっかり大人になった。真女方として貴重な存在となった。これからを大切に歩んでもらいたい。中車、松也と三人芝居の『吹雪峠』でも、一番戯曲に肉薄していたのは七之助だった。(『吹雪峠』といえば、中車はこれから、自分をどういう方向へ持っていこうとしているのだろう? いまのところ中車の舞台には、不可もない代わりに優も秀もない。失敗を恐れ過ぎてはいないだろうか?)

四人の後輩女方といっても、勘九郎のはあくまでも立役が加役として踊る道成寺であり、もちろんそれでよいのだが、このところの勘九郎の舞台ぶりにやや行き暮れたような翳を感じるのは私だけだろうか。第二部の『寺子屋』で松王丸をしていて、おとっつあんそっくりと声がかかってもおかしくないだけの成績を示してはいるのだが、父親そっくりが、眉毛をぴくぴくさせるなど細部の模写に陥りかねない危惧を覚える。湊川で討ち死にした父正成を慕う楠木正行ではないが、父のようになりたい、なろうと思う一心に凝り固まっていはしまいか。親を尊敬するのはもちろんいい。だが、やがて来る十九代目勘三郎は、十八代目とはまた別な、独自の勘三郎でなければならない。

***

12月の三部制が、それぞれ同一料金なのは、当然といえば当然だろうが、おかしいといえばおかしい。玉三郎が『二人椀久』と『五人娘道成寺』を踊る第三部と、獅童と松也の歌舞伎ミュージカル『あらしのよるに』が同じ料金で見られるという、この歌舞伎座風デモクラシイに幸いあれ、か?

『あらしのよるに』がいけないと言っているのではない。あれはあれで結構だと思う。4月末、幕張メッセで初音ミクと共演した獅童の獅子奮迅ぶりに一種感動を覚えたことは、その折にこの欄に書いた通りである。『あらしのよるに』もその延長線上に置いて見るとき、こうした路線における獅童の在り様というものが如何に稀有なものであるかがわかる。海老蔵、菊之助さらに勘九郎、七之助、さらにさらに染五郎・・・と指を折っても、獅童のこの働きに拮抗できる人材があろうとも思われない。

『あらしのよるに』を迎える客席の反応も好意と満足感に満ち満ちていた。成功だったのである。しかしそのことと、玉三郎の道成寺が同じ料金でよいのだろうか?という疑問とは矛盾することではない。玉三郎の第3部が1万2千円なら、第一部『あらしのよるに』は6千円でいいのではないか? むしろ、6千円で、大勢の若い人たちに見てもらうべきものではないか? 誤解のないために言うのだが、これは価値の上下をいっているのでも、儲け主義がどうのということを言っているのでもない。

***

国立劇場開場50周年の『仮名手本忠臣蔵』三部作がどうにか無事舞い納めた。菊五郎の勘平という秀作を生み出しただけでも、しただけのことはあったと言ってよい。

国立劇場について、税金でまかなってもらえるから経営努力をしない、ということを言う向きがあるが、私はその手の「きびしい」声には必ずしも同調しない。少なくとも、「いま置かれている」状況の中で相当の努力を払っていることは間違いない。50年前の開場当時は、歌舞伎座が年間、ときには年に8回か9回しか歌舞伎の興行が出来なかった中で、1年12カ月、歌舞伎公演をしていたのが、どうして、歌舞伎教室を入れても年6回になってしまったのかは、おそらく国立劇場だけの責任ではあるまい。

それにつけてもだが、近頃、カルチャーなどで受講者の方々の話を聞いていてアッと思うのは、五十年配六十年配で比較的近年に歌舞伎に関心を持つようになったような人たちが、その念頭に国立劇場の存在がほとんど入っていないということである。歌舞伎座が改築されたことで歌舞伎に関心を持つようになったという人も少なくないのだろう。11月の「忠臣蔵シリーズ第二部など、菊五郎の勘平に吉右衛門の由良之助が揃って顔をそろえて、料金も歌舞伎座の3分の2ですむという「お徳用」であったにも拘らず、薦めてもピンとこないような顔で聞いている。旧歌舞伎座がいよいよ取り壊しというニュースが流れた時、まだ元気だった勘三郎がタクシーに乗ったら、「あんたたちも歌舞伎座がなくなったら仕事がなくて大変だね」と運転手から同情されたという笑い話は、実は決して笑い話ではない。