随談第547回 私家版・BC級映画名鑑-名画になりそこねた名画たち-第3回 映画の中のプロ野球その3 『不滅の熱球』(東宝・鈴木英夫監督)昭和30年3月15日封切)

これも名選手の伝記映画だが、本人が出演するところに比重のかかった『川上哲治物語』より映画としての純度ははるかに高い。戦後まだ間もなくにルー・ゲーリッグの生涯を描いた『打撃王』というハリウッド映画が入ってきて、私などよりもう一、二世代上の人たちの間で話題になっていたのを幼心に覚えている。私が実際に見たのははるか後年だが、野球選手としての生涯をケレン味なく描きながら、一ファンだった女性とひと波乱ふた波乱の末、結ばれる愛妻物語としてのストーリーが縒り合されていて、古き良きアメリカを思わせる感じがなかなかよかった。プロ野球草創期の伝説的名投手沢村栄治を描いたこの作も同じで、『打劇王』がゲイリー・クーパーとテレサ・ライト、こちらは池部良に司葉子で、どちらも、ゲーリッグなり沢村なり、その面影を彷彿させるだけの「仁」の良さが成功の鍵となっている。二人とも若くして亡くなっているために映画になった時は既に故人であることも、こういう場合、有利に働くことは確かだが、まだ多くの人の記憶にある中、納得させるだけのものを持っていなければ、そもそも成立しない。

池部良は、顔は別に似ているわけではないが、長身で清潔感あるフラットな男の感じが、実際の沢村を知らない者にもその人となりを得心させる。「野球技術指導」として「東京讀賣巨人軍」から内堀保、中島治康、「阪神タイガース」から藤村富美男、御園生崇の四人の名前が上っているが、皆、沢村と実際にグラウンドで敵味方としてプレイをした人たちで、中でも内堀は巨人の正捕手として沢村とバッテリーを組んだ仲で、映画の中でも千秋実が扮して重要な役になっている。左足を高く上げる沢村の投球フォームは写真などでもよく知られているが、振りかぶって投げ下ろす角度とか、グローブの中で球を捏ねたり、前かがみにサインを覗く仕草とか、帽子の庇に手をやる癖とか、沢村はこうもあったろうかと思わせる。池部の苦心工夫もさることながら、内堀等のアドバイスが物を言っていると想像される。沢村を実際に知らないわれわれにそう思わせるところが肝心であり、ひいてはこの映画そのものの厚味になっている。

(ところで技術指導に名を連ねている4人の往年の名選手たちは、いずれも戦後まで活躍したから、私は4人とも見覚えている。何と言っても最も鮮烈な残像をいまなお残しているのは藤村だが、中島治康も忘れがたい。戦後大下弘が出現して年間20本を超えるようになる以前の、戦前を代表するホームラン・バッターで、和製ベーブと仇名された巨躯は、さながら現在のお代わり君、西武ライオンズの中村剛也までつながる系譜の元祖と言える。御園生はまだ1リーグ時代の内にやめてしまったから、外野を守っている姿を私が見たのは多分小学校に入る前だったと思う。投手だが、投げない日は外野を守ることもあったのだ。(昨今日ハムの大谷の二刀流が話題になっているが、すぐ思い出せるだけでも御園生の他にも阪急の野口二郎、中日の服部受弘、巨人の多田文久三等々、当時は珍しいことではなかった。御園生と野口は外野だが、服部と多田は捕手だった。)内堀は、この映画の中でも沢村より一足先に応召するが、その穴を埋める形で熊本工業から入った吉原が正捕手になるいきさつは『川上哲治物語』にも出てくる。軍服姿でスタンドに見に来る内堀役の千秋実がなかなかいい。

沢村がその真価を存分に発揮出来たのは、プロ野球が始まった昭和11年から日中戦争が始まり応召する12年秋までで、14年春に復員するが戦線で手を負傷したため不本意なマウンドが続き、ようやく再起の兆しの見えた16年秋限りで再び応召しそのまま復帰することはなかったのだが、ちょうどその明暗と見合うかのように、妻になる女性との交際、芦屋に住まう富豪の父に仲を裂かれ、叔父を頼って大連に渡り、遂に両親を説得して結ばれるが、まさに愛の結晶たる子供が宿ったところへ召集令状が届くという、私生活での明暗が縒り合わされる。こうした物語の常としてウェルメードに作られているのだが、素直に受け入れ、遂には思わず感動すらさせられてしまうのは、鈴木英夫監督の奇を衒うことなしに瑞々しい感性の故だろう。とくに反戦的なことを強調するわけではないが、沢村の野球人としての生涯がまさしく戦争のために無残に挫折させられたことが惻々と伝わってくる。応召する沢村がチームメイトと、帰ったらまた野球をやろうと語り合っているところへ通りかかった笠智衆の藤本監督が「なんだ、みんな不忠者ばかりだな。一人ぐらい軍神になりたいという奴はおらんのか」と冗談を飛ばすセリフが利いている。

鈴木英夫という監督は、近年になってようやく評価が高まってきたようなのは遅ればせとは言いながら喜ばしいが、評価の高いサスペンス作品ばかりでなく、この作とか、大映時代の『西條家の饗宴』(昭和26年作)といった比較的初期に属する作品も捨てがたい。池部・司がこうした主人公にふさわしいのと、清水将夫と滝花久子の両親、わけ知りの叔父になる北沢彪、さらに笠智衆の巨人軍藤本監督、千秋実の同僚内堀、藤原釜足のとんかつ屋から寮の賄いになった野球狂の親爺まで、配役もいい。

司葉子は前年にデビューしたばかりの頃だが、「××ですわ」とか「××ですの」といった戦前の令嬢らしい言葉遣いが自然に身についているのがいかにもつきづきしい。プロ野球選手というものが真っ当な職業と見做されていなかった草創期に、東京の女子大に遊学中の富豪の令嬢が沢村を見るために、まだ後楽園が出来る前、戸塚球場で試合をしていた頃から通い詰めていたという実話は、村松梢風が読売新聞に連載していた『近世名勝負物語』で知っていたが、この映画は鈴木惣太郎著『澤村投手』に拠っている。(鈴木惣太郎はいうまでもなく日本のプロ野球の実質上の生みの親とも言うべき人物だが、『川上哲治物語』にも哲治少年に巨人軍入団を勧める人物として登場する。)

一旦復員した沢村を迎える球団の食堂の場面で、出征中に入団した吉原、川上、千葉、平山、中尾といった、やがて第一線を担うことになる若手の面々が登場する。特にソックリというわけでもないが、何となくそれらしい人物になっているのが面白い。スタルヒン役の外国人俳優も、特に説明はないが、食事の場面にちらりと写る。沢村と入れ替わりに巨人のエースとなったスタルヒンを取材に来た記者が、往年の精彩を失った沢村とすれ違いながら一顧だにしないショットがさりげなくあるなど、心憎い。

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(訂正)前回の「映画の中のプロ野球その2『川上哲治物語背番号16』中、つぎの2点を訂正・追加します。

(その1)『若乃花物語・土俵の鬼』の件、「横綱を目前にしていた昭和30年秋場所」とあるのは「昭和31年秋場所」に訂正。

(その2)『川上哲治物語背番号16』の中、巨人軍の3塁手の名を列挙したくだりの、「山川喜作」「宇野光雄」のつぎに「明治大学出の手塚明治」を追加。