随談第529回 OSK

八朔とは八月一日のこと、その午後四時開演で、和物と洋物のレビューが二本、終って外に出ればまだ薄暮の状態に入ったばかり。空はまだ青みが残っていて、雷が潜んでいるやも知れない白い雲に夕日が当って薄い橙色に染まっている。だいだい色、という言葉をこの頃ほとんど聞かなくなった、どころか目にもしなくなった。快適というにはちと暑すぎるが、たそがれ時の銀座というのはいいものだ。これがもう少し秋の気配が漂う頃になるとなおいいが、しかしこの温気(うんき)のなかでさえも、悪くない。わが東京八景というものを選ぶなら、初秋の銀座の黄昏というのは、必ず入れよう。

新橋演舞場にOSKがたった三日間かかって、その初日。去年、日生劇場にかかったのが73年ぶりの東京公演だったという。73年前と言えば戦前である。東京にはSKDというものがれっきとしてあったのだから、当然と言えば当然の話で、そのSKDもとうになくなり、大阪に行くとたまたまOSKのポスターを見かけたりして、ああ、まだ頑張ってるんだなと思ったりする、という程度の知識しか、関心しか持ち合わせていなかった。感動(と言っていいであろう)したのは、昔ながらのレビューをやって(くれて)いることだった。

宝塚が一人勝ちして、独り隆盛を誇っているが、昭和という時代があった頃までは、SKDもOSKも健在だった。もっと前は隆盛だった。宝塚もスターをたくさん出しているが、こちらもたくさん出している。笠置シヅ子や京マチ子はOSK、淡路恵子や草笛光子や倍賞姉妹はSKD。まあそんなことより、73年ぶり東上公演なるOSKが、いまふうのアレンジは当然あるものの、基本的には昔ながらのレビューをいまなおやっているのを見て、まるで昭和30年代か40年代ごろにタイムスリップしたような既視感に襲われる如き舞台に、私は驚き、呆れ、ものの哀れはここじゃわやいと膝を打ち、感動したのだった。誰ひとり名前も知らなかったスターたちである。その男役、娘役のスター達、わんさガールたちの漂わせている感触にも、感動に値するものがあった。最近の宝塚というものを私はまったく知らないが、たぶん、こういう雰囲気、たたずまいというものはあるまいと思われる。

同慶の至りにも好評だったらしく、今年は、たった三日とはいえ、新橋演舞場である。その独特の古色は日生よりも新橋演舞場の古色の方がふさわしい。二本立てのうちの和物の方は、まあこんなものとして、レビューはやはり洋物がつきずきしい。くり返すが、昭和30年代を見るような既視感に襲われる。レビューとはやっぱりこういうものなのだ。古色といったのは必ずしも皮肉でも批判でもない。レビューというものは、(戦前から始まり伝承されつつ)戦後10年、20年(すなわち昭和20~30年代)の間に型が確立したのだから、この古色は古格とすらいってもいいのである。

なまじなストーリーのないのがいい。無内容なのがいい。ただ男役娘役のスターたち、わんさガールたちが奏で、紡ぎ出す夢と華やぎがおのずから醸し出す、留まるところのない哀感こそがレビューの神髄である。わけてもラインダンスの、ただひたすらに無内容で、可愛らしくはつらつとした感覚、その醸し出す儚さ、ものの哀れこそが、レビューの精華なのだ。

現在のメンバーが、往年に比べどういうレベルにあるのかは知らない。たぶん、昔はこんなものではなかった、といった声もあるに違いない。それに通じるなにがしかを、私もまったく覚えなかったわけではない。だがそれはそれ、私はこの舞台に満足した。銀座の夕映えを綺麗だと思ったのも、きっとそれがもたらした感傷に違いない。