随談第512回 新春おせち料理(増補改訂版)

例年通り三日の浅草歌舞伎が仕事始めだが、新年早々、有楽町駅近隣の火事騒ぎで山手線が止まったため地下鉄を乗り継ぐのに大汗をかく。接続に大江戸線など都営地下鉄が混じると接続の具合がどうにもよろしくなくなる。猪瀬都知事の遺した最大の善政が九段下駅の都営線と営団線を仕切っていた壁を取り払った一件に尽きることが、こういうことがあってみるとよくわかる。まあ、どうにか開演には間に合った。

猿之助と愛之助が二枚看板。猿之助にとっては襲名公演を終えての初仕事。愛之助にとっては半沢直樹人気で知名度何層倍かしての初芝居。手応えを感じ取っての自信はオーラとなり、それは見る者にも伝播する。実はこれまで、愛之助の実力は認めても、手応えがコチンと優等生風に小さいのが気になっていた。関西では大変な人気と聞いても、もひとつピンと来なかったのだが、『義賢最期』はイキ良し、口跡よし、クールな二枚目の愛之助にとっては、実力魅力兼備のさまを見せるには最適の役かもしれない。甲冑を着ずに討手を迎えるダンディズムにも適っている。もう一役の『新口村』の忠兵衛の方は、これに比べると、適役であるという以上の印象はまだない。もっともこの芝居は孫右衛門の芝居であって、梅川はともかく忠兵衛はたいした為どころもないから無理はないが。

九郎助と孫右衛門をやった嵐橘三郎は、富十郎の門下から自立して幹部になったばかりだが、先月の『弥作の鎌腹』の代官といい、きちんとした仕事をするなかなかの実力の持ち主と見た。こうした経歴の人といえば近年では吉之亟とか幸右衛門あたりが思い当るが、もう一世代前に八百蔵という人がいた。八代目中車が中車になる時にその前名を襲うという栄誉を担ったわけだが、門閥外から出て何でもござれの達者な人で、東横ホールのようなマイナーな劇場でなら『太功記』の光秀など主役もやっている。橘三郎にも頑張ってもらいたい。上村吉弥が葵御前と『新口村』のしゃべりの女房をやっているが、この人もなかなかの腕っこきである。

壱太郎が小万と梅川をやっていて、前者では俊敏、後者では姿のよさに情を乗せる才気のよさを見せる。ただの鼠ではなさそうである。

猿之助は『上州土産百両首』に『博奕十王』と、今回は腕よりも企画力で小手調べというところか。『百両首』は脚本に手を入れ下座をふんだんに使うなど、擬古典調を強化している。それに乗って男女蔵がしきりにセリフを時代に言うのはいいが、世話に戻す緩急がないから妙な具合になる。亀鶴という人はもう十年もしたら歌六の後に行けるかもしれない。門之助が、こういう中に入ると、一日、どころか二日ぐらいの長があることがよくわかる。尻を端折ってスッと束に立った姿の良さなど、ちょっぴりだが勘彌ばりである。この人の子役時代の『め組の喧嘩』だの『幡随長兵衛』だのを見ている私としては、長い間の鳴かず飛ばずが不思議でならなかったが、ようやく地に足がついてきたか。

一番のヒットは巳之助で、準主役ともいうべき大役(20年前には勘三郎がやった役だ)を立派にやってのけた。巧いとは言えまいが、自分の足で立った芝居をしているのが偉い。

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三日に浅草、四日に歌舞伎座というのは二十年来変わらぬ恒例だが(もっとも再建中の三年間は控え櫓の演舞場だったが)、その歌舞伎座の初芝居のお薦めは一に『松浦の太鼓』、二に『時平の七笑い』、三に現在ただ一人の立女形の芸という意味で『九段目』の藤十郎である。第四に橋之助の大庭に錦之助の俣野という『石切梶原』の敵役兄弟。如何にも時代物役者らしくて大立派。とくに錦之助にとってはこれが最高傑作ではあるまいか。

『松浦の太鼓』はもう何度もやっているが、今度が播磨屋が一番の大乗り気、上機嫌、こういう芝居はこういう風にやるものだという手本のよう。これを愚劇だと決めつけるのはやさしいことだろうが、しかしWELL MADE という言葉を文字通りに受け取るなら

これほど「うまくこしらえられた」芝居もない。愚劇と決めつける賢人よりも笑って愉しむ愚者の方が却って賢明であるという逆説も成り立つかもしれない。米吉のお縫いがまさしくお米がそこにいるよう。こういう役はエライ人がするより、若い人がした方がいい。

『時平の七笑い』は我当という人の気概に打たれる。器用な人ではない。道真を見送って、もはや辺りに人がいなくなって思わずプット吹き出すところなど不器用そのもので、つまりそういう巧さを期待しても駄目なのであって、それにもかかわらず感動があるのは、一にも二にも、片岡家に伝わるこの芝居この役を、片岡家の長子として演じるのだという気概の他にはない。よしそれが、若干時代錯誤であろうとも、その孤高さは感動に値する。

『松浦の太鼓』で其角だった歌六が今度は道真と文化人の役を一手引受け。歌六自身が文化人であるか否かは別として、文化人の役が良く映る役者というものはあるものだ。

『九段目』は、これが立女形の芸であるという藤十郎を見ておくということに尽きるが、併せて、梅玉の力弥というものをわれわれはどれだけ見てきただろうという感慨が湧く。かつては小浪を共にしてきた魁春が今度はお石をしている。『松浦の太鼓』の源吾にしてもだが、この人の二枚目としての風情の深まりというものはいまやただならぬものがある。

戸無瀬を迎える下女のりんを扇之丞がしている。浅草の『新口村』の喋りの女房をやっている吉弥のことは先に言ったが、こうした役どころに人がいるということの意味を、時代の潮目の変わろうとしている今、大切に考えたい。

話題の新作『東慶寺花だより』は、題材も世界もまるで違うが連作小説の劇化という意味では昨秋の『陰陽師』と同じ、劇化の難しさという意味でも共通するものがある。よくいえば随筆歌舞伎、ずばりいえばお茶漬け歌舞伎。ドラマと思ってみると肩透かしを喰ったような感じになるが、こういう行き方の新作歌舞伎もこれからの傾向になるのかも知れない。しかし孝太郎にせよ翫雀にせよ、更には秀太郎にせよ、芝喜松、幸雀エトセトラエトセトラまで、出演者一同みな大乗でやっているから、個人芸の競演と見れば、これはこれで面白くはある。

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新橋演舞場の海老蔵新作『寿三升景清』はよかった。この際絶賛しよう。海老蔵はやはり、神に愛された男、か? 詳しくは『演劇界』三月号に書いたからそちらを見ていただくことにして、書かなかったことをちょっぴり。

津軽三味線を大歌舞伎の舞台に乗せるなど、昔なら考えられなかったろうが、それをあっさりやってのけてしまうところが海老蔵流。いまや津軽三味線こそ、三味線のあらゆるジャンルで最もよく知られている三味線音楽である。何でも取り込むのがむかしから歌舞伎の歌舞伎たるところ、結構なことである。

大詰で舞台上に観客席出現。ナントカも山の賑わい、なんて言ったら叱れるかな?

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国立劇場『三千両初春駒曳』。松平長七郎の馬切りとか、宇都宮釣天井とか、徳川三代・四代といったPAX TOKUGAWANA揺籃期を彩る様々な物語伝説は、かつては万民共通の雑学知識だったが、いまでは、番隨長兵衛と水野十郎左衛門、一心太助と大久保彦左衛門ぐらいがせいぜいで、由井正雪などでさえ、イマドキノワカイモンへの知名度はどの程度なのだろう? 辰岡万作の作を原作とするというこの作について、そうした興味を除けば私は知るところいくばくもない。世界を小田の跡目相続の物語に変えて、菊五郎演ずる松平長七郎ならぬ三七信孝の馬切りと、松禄つとめる本多正純ならぬ柴田勝重の釣天井と、要はこの二つが見どころになるわけだが、芝居としては勝重こそが座頭役だろう。菊五郎は大蔵卿的自由人信孝役で仁よし風情よしで儲けるが、一日の演目としての重心は松禄の双肩に掛ることになる。そう考えると、今回この芝居をともかくも持ちこたえた松禄の努力と、これまで苦労の末積み上げてきた役者としての力量を認めなければならないだろう。かつて祖父の先々代松禄がこの劇団で担っていた役割を、当代がともかくも支えて見せたのである。この月の国立劇場について、言うべきことはほとんどそれに尽きているようなものだ。

それにしても、釣天井の場面が終わった後、これが猿翁だったらどういう風に見せただろうという声が私の周辺で上がったのは面白かった。澤瀉屋流のこれでもかこれでもかと香辛料を振りかけた、激辛だか激甘だかの濃い味、音羽屋流の超さっぱりの薄味、お好み次第と言ってしまえばそれまでだが・・・

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三越劇場の新派は、今年は松竹大船映画路線はお休みで、『明治一代女』を久里子のお梅、八重子の秀吉、春猿の澤村仙糸という顔ぶれで出したが、問題は、というか面白いのは、己之吉を佐藤B作という配役である。なるほど、名案のようではある。適役と言ってもいいだろう。但し、新派狂言『明治一代女』としてではなく、川口松太郎作の脚本をいただいた一演劇としてならば、である。久里子は、徹頭徹尾先代八重子にまねび、学んだお梅を演じる。何のと言って、当節これだけ出来る者はないだろう。B作も、懸命につとめて、その限りではよくやっている。が、やればやるほど、久里子とは、あるいは新派名狂言の『明治一代女』からは離れて行く。B作を責めているのではない。昔風にいうなら、学校が違う、というやつである。己之吉の設定を江州の篤農家の二男坊でなく、現にB作自身がそうであるように東北人にでもして、別な一座別の顔ぶれでだったら、立派に成立するだろう。ということはつまり、新派の原点の壮士芝居に戻ればいいのだ、ということか? つまりは本卦返りというわけか。

それで思い出した。中学生だった昔、伊藤大輔監督の新東宝映画『明治一代女』というのがあったっけ。お梅が木暮実千代、己之吉は田崎潤だった。

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映画と言えば、新年早々、淡路恵子が死んだ。最後まで現役感覚を失わず、イマドキノワカイモンでも知っている存在であり続けたのだから天晴れである。訃報を聞いたその日も、電車の車内広告でどこやらの女性探偵社の所長とおぼしき風情で、あやしげな雰囲気を漂わせているのを見たばかりだった。

デビュー作の『野良犬』は、こちらがまだ子供だったからリアルタイムでは見ていない。見知ったのは松竹時代で、髪をふり乱したいかれたような役をよくやっていた。と思うと、『この世の花』(つまり、その主題歌を歌ったのがこの間亡くなった島倉千代子というわけだ)などといった、『君の名は』の二番煎じ三番煎じのようなすれ違いメロドラマのヒロインをやったり、つまり岸恵子だ有馬稲子だといったところに比べると、ややランクの劣る位置にいた。若くしてデビューした割には遅咲きだったともいえる。フィリピン人の歌手と結婚など云う経歴も、その当時の感覚からすると、かなり「異端」的に見えた。

それが、錦之助の『丹下左膳』で櫛巻お藤をしてあれよという間に結婚したころには、もうすっかり、水際立った女ぶりを見せるようになっていた。『若い季節』といったっけ、NHKのテレビで、その頃の人気タレントが社員の役で続々出てくるなかなか気の利いた連続ドラマがあって、そこで女性社長の役でスーツを鮮やかに着こなした姿が、何とも鮮やかなものだった。同年輩にはいい女優がいろいろ輩出しているが、「いい女」という表現が一番ぴったりくるのは淡路恵子であったろう。

訃を伝えるテレビが当時の映像を流していたが、錦之介も、やっぱりいいなあと思わずにいられない男ぶりで写っている。三人の錦之介夫人のなかで一番長く、その座にいたのだろうか? こういうときに「往時茫々」という言葉を使うのは何とも安直のようだが、訃を聞いてその言葉がまっ先に浮かんだのは、彼女の波乱の人生がそう思わせるためだろう。