随談第510回 歳末貼り混ぜ帖

先月末以来、何かと慌ただしくて落ち着く時間がなかった。同時に、「勘三郎随想」を先に進めなくてはという気持が、時間があればそちらを優先させた。(それでも年内に終えるところまで行かず、三年越しになってしまった。)気がつけば既に数え日である。

このところ毎月載せていた「今月の舞台から」も、各劇場すでに楽日を迎えてしまった今となっては、効かぬ芥子か出そびれた幽霊のようなものだから、代りに、昔やっていた若手花形の野球各賞見立てを、今月の忠臣蔵をネタにほんのサワリだけ、やっつけてみよう。

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本塁打王=海老蔵(但し、本数ではなく飛距離による)

師直は三塁打か。元の広島球場のような狭い球場ならぎりぎりスタンド入りしたかも知れないが、そんなチンケな本塁打より、球は転々外野の塀、野手がクッションボールにもたついている間に二塁キャンバスを蹴って三塁に滑り込む、といった光景の方が海老蔵に似つかわしい。いや、意外にもよかった。人形身でいる間がいい顔だったので、これは、と期待した。大序の格と則を守りつつも自ずから生気溢れる感になるところが海老蔵たるところで、襲名の折に演じた『暫』で、嗚呼、鎌倉権五郎って本当に若いんだなァとはじめて実感させられたのを思い出しながら見た。荒事は七つ八つの子供の心でつとめるものです、といくら解説書で諭されても、白鸚さんのを見ても、昔の松緑さんのを見ても、もちろん羽左衛門さんのを見ても、皆さん小山の揺らぐように立派ではあっても堂々たる偉丈夫としか見えなかったが、海老蔵を見て、七つ八つとは言えないがまだ若い鎌倉権五郎が今、そこにいる、と実感させられた。ある意味であれは、私にとっての荒事開眼であったと言っても過言ではない。今度は師直だから、事情は違うが、これほど生気横溢した大序は初めて見た、とは言えるだろう。もっとも三段目は、地芸が必要になるから、決して悪くはないが、若手芝居の域に納まる。

というわけで、本塁打王の対象となるのは平右衛門である。玉三郎のおかるのリードの巧さもあるにせよ、こんなに興奮させる平右衛門というものはあるものではない。ともあれ球は場外へ飛んで行った。もしかするとファウルであったかも知れないが、ポールの上はるか上空を飛んで行ったから、かつての阪急上田監督のように延々一時間の余も抗議をしても始まらない。仮にファウルであったとしても、場外へ消え去る大飛球を見るだけでも壮観であったことは間違いない。
 

防御率1位=菊之助

またしても判官一役とは!(染五郎など三役もやっている。若狭之助で引っ込んだと思ったらすぐ石堂になって出てきた。同じ白塗りの染五郎だから、さっき師直にいびられていたあの人が判官に同病相哀れむ心から、今度は上使になってやってきたのだと早とちりした観客がいても不思議はない。)
ところで菊之助だが、慎重なのはいいが度が過ぎるのは如何なものか。もっとも、三段目も四段目も昂然と顔を上げて、意志的というか、強いタッチで演じようとしているかに見えたのは、オッと思わせたが。いずれにせよこうガードが固くては師直もいじめるのに骨が折れたろう。判官ともう一役、お父さんのように勘平をやるのも悪くないが、私としては、御祖父さんのようにお軽を是非、見てみたい。
 

新人王=米吉

一日だけ、それも討入り当日の十四日夜、国立劇場で開かれた「伝統歌舞伎保存会研修発表会」でやった「七段目」のお軽である。歌昇の由良之助、種之助の平右衛門もなかなかよくやったから三人受賞としてもいい。米吉の、まだ何の色にも染まっていない生まれたままのような無垢さこそ貴重である。「知られざる忠臣蔵」の『主税と右衛門七』で右衛門七を慕うあの少女もよかったが、初日に見ていいと思った伸びやかさが、二度目に見た日には、妙に強い地声のような声でセリフを言っていたのが気になった。と、ことほど左様に、いじればどうとでも色がつきかねない。その危うさも魅力といえば魅力なのだが。
           

OG賞=七段目一力仲居一同(但し、11月&12月併せて)

もちろん、野球界にOG賞などという賞はない。そもそもOGとは何の略か? 女形の役の少ないマッチョ劇忠臣蔵では、女形諸姉は四段目の腰元か七段目の仲居ぐらいしか出番がない。(討入り場面できゃあきゃあ言って逃げ回る吉良邸の女中というのもあるにはあるが。)だがそれだけに、11月、12月と顔ぶれは入れ替わっていたが、一力の仲居たちを見ているだけでなかなかの壮観であった。芝翫女子大、雀右衛門女子大の同窓生はじめ、まさに多士済済といって過言でない。

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(番外)ようやくに休日を得てひぐらしパソコンに向かうに、怪しうこそ物狂おしくなるままについうとうとまどろむ内、奇怪なる夢を見た。忘れないうちにと書きつけたのが以下のようなことである。

 

仮想芝居『忠臣蔵悪夢配役』(ちゅうしんぐらあくむのはいやく)役人替名(澤瀉屋一座の出演による。)

口上人形=猿翁(特別出演)

師直=中車

大星由良之助×早野勘平、実ハ半沢直之丞=猿之助(由良之助×勘平二役早変わりで即ち倍返しをすること)

平右衛門=愛之助(友情出演。但し、セリフはおネエ言葉で言うこと)

伴内=右近

顔世・おかる・お才=笑也・笑三郎・春猿(一日替わり。これは真っ当か。)

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ジョーン・フォンティンが亡くなったり(96歳とは!)、今年の点鬼簿を作ったり、浮世の動向など、いろいろ書こうと思う材料はあるのだが、歌舞伎座もまだ杮落し公演を続行中でもあることだし、積み残し分はいずれ清算させていただくこととして、まず本年はこれ切りとさせていただくことにする。それにしても、筆者幼少の砌は、十二月に入ると何やら気配ただならずなりはじめ、とりわけ14日の討入りの日を過ぎる頃おいからは歳末の気分が一段といや増して、各紙夕刊に、たとえば出羽の海部屋の餅つき風景などといって千代の山が杵を揮い栃錦がこねる、といった風の写真が載るのが師走風景の恒例の記事であったり、こちらもそれを見ながら、次第に年の瀬を迎える気分になったりしたものだが、この頃は、テレビは毎日が正月番組の如くにタレントがはしゃぎ合い、ハレとケが年がら年中同居していて、あと一週間となって俄かに、今年もあと何日です、ということになる。ま、これも浮世か。

来年もご愛読の程、願い上げます