随談第505回 今月の舞台から

歌舞伎座が再開場して以来の当代の第一線級諸優の気の入れようは見事なものと言っていいが、今月の『忠臣蔵』の通しでも、判官と勘平の菊五郎にせよ、三・七段目の大星の吉右衛門にせよ、充実した舞台ぶりは大したものだ。どれも、これまで何度見たか知れないほどだが、今度ほど、びしりとした質感と量感でこちらの胸に迫ってきたことはない。

今月に限らない。別に縁起でもないことを言うのではなく、先月の『千本桜』にせよ、こういう顔ぶれを揃えての通し上演というのは、もう二度と叶わないかも知れないという思いは、言わず語らず、誰の胸にもあるだろう。当然、それは次代の歌舞伎に向けての思いにも通じているわけで、四月以来、そうした舞台がずっと続いているのは偉とするに値する。

仁左衛門の休演はそうした意味から言っても残念だが、そのあおりの配役変更で吉右衛門の師直が見られないことになったのは残念至極というほかはない。これは近い内に是非見ておきたい。次の機会を心から待つ。同じく、かなり前から折に触れ言ってきたことだが、菊五郎の七段目の由良之助というものを見てみたいものと、私は前から念願している。この二人二役、何卒、実現されむことを祈るものだ。

梅玉にしても、先月の『千本桜』の義経についても言ったことだが、この人がいまの歌舞伎界に占めているポジションと、それを踏まえてのこの人の在り方というものは絶妙なところにある。若狭之助、「道行」の勘平、平右衛門という今月の三役にしても、まさしくそのスタンスが有効に働いている。個々に言うなら、たとえば若狭助は、本来この人は判官役者であろうから、もうちょっとべりべりしてもいいのではないか、とか、言い出せばないわけではないが、しかし平右衛門など、通常のイメージにある平右衛門とは別の、しかし情味があって、ユニークなよきものだった。七段目の情趣を醸成する上からも、これあるかなと思わせる。本来なら平右衛門は仁左衛門のピンチヒッターだが、それはそれとして、この平右衛門を私は興味深く見た。

大序の左団次の師直の人形身でいる時の風格というものはなかなかのものである。思えば東京オリンピックのさなか、東横ホールで二十歳を過ぎたばかりの菊五郎の判官を相手につとめて以来、幾度つとめたかもしれない師直だが、男も錆びたり、という感慨なきを得ない。もっとも、今回は本来代役だから、四段目になって石堂で出てくると、さっきまで判官をいじめていたのがまたすぐ、別の役とはいえまた判官の前に出てくるのは、妙な感じは避けられない。いまでこそ石堂で納まっているが、かつては薬師寺で鳴らした左団次だけになおさらだ。

その薬師寺を歌六がやっていて、顔も思い切って赤く塗って、仕草もセリフも赤っ面のイキでべりべりやっていいのだが、しかし当節の四段目の中でだと、ちょっと浮いているように受け取る向きもありはしまいかという危惧も覚える。この辺が難しいところ。それと、アア、この人の石堂を見たいなと、出てきた瞬間、正直、思った。前に『輝虎配膳』の直江兼続を見て以来、実は私は、この人に勘彌の再来を期待しているのである。

芝雀の顔世は立派である。立派といっても大々しくなく、慎み深くありながら、すべてはこの人に始まるという人物の格を備えている。何度も言うように、打者なら打撃ベストテンの常連、投手なら防御率で首位を常に争っているといった人である。先っ走りをするつもりはないが、いまが芸の上での旬、雀右衛門襲名を実現すべきだと思う。それこそ、するなら今でしょ、だ。

六段目が時蔵のおかる、東蔵のおかや、魁春のお才に團蔵の源六、又五郎の千崎に左団次の数右衛門と揃ったチームワークが、菊五郎の気持ちを一層昂揚させたと見ることも出来る。とにかく、所見日の菊五郎の集中力とその持続力は大変なものだった。同じことは七段目についても、梅玉の平右衛門と福助のおかるがよき兄と妹であったことが、吉右衛門のやる気を奮い立たせたともいえる。七段目というのは、上手く行った場合は私が『仮名手本』で一番好きな場面で、秋も闌けた夜長、見る側も快い疲労を覚えながら、廓の風情のなかで展開してゆく芝居の運びに心を委ねながら見る快さは、他に変え難い。『仮名手本』という芝居は女形連中が四段目の腰元か七段目の仲居で出るしかないのが珠に瑕だが、どちらもなかなか悪くない。いちいち名前は挙げないが、いまこのクラスの女形連中は、相当、粒が揃っているのではあるまいか。姉さん株ばかりでなく、新しい顔もかなり増えたようだ。

ここに鷹之資が力弥で登場する。まるまるとして、富十郎のかつてのそのままであるかのようだ。橘三郎と松之助が幹部昇進で九太夫と伴内で出るが、とりわけこの場の九太夫というのも七段目の雰囲気醸成のためには大切な役で、大星と出会って「差しおれ飲むわ」「飲みおれ差すわ」という辺りのやりとりで、大星役者にひどく位負けしてしまうような九太夫ではつまらない。橘三郎はやや硬質だが、品のありそうなのが悪くない。

伴内といえば「道行」の伴内を團蔵がやっているが、ずいぶんと軽みが出てきて、これも年の功というものだろう。対照的に、大序の七之助の直義のやや硬質の感覚が、大序で第一声を放つというこの役の本来に適っていて、なかなかよかった。

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国立劇場は劇場として三度目の『伊賀越道中双六』の通しだが、坂田藤十郎のための企画となれば、「沼津」を芯にした今度のような立て方にするより仕方あるまい。それにしても息子の翫雀と親子逆転の平作と十兵衛というのも前代未聞だろうし、扇雀のお米も合わせ親子三人水入らずの「沼津」というのもたぶん前例がないだろう。(できそうな一家といえば、三代目歌六、初代吉右衛門、三代目時蔵というファミリーがあるが、どうだろう? 国立劇場の上演資料集をざっと当ってみた限りでは、やっていなさそうだが。いずれにせよ、古い話だ。)

それぞれに健闘して相当の「沼津」だったが、元々の癖に加え、年の功で融通無碍になったせいか、藤十郎のウッとかウォッとかいう間投詞があまりたくさんで、間投詞の海に漂うかのように、どこまでが捨て台詞でどこからが本当のセリフなのかわからないほどなのは、関西役者の常とはいえ、ちと考え物ではあるまいか。

「沼津」をサンドイッチにしての「行家殺し」「饅頭娘」「奉書試合」から「敵討」の、つまり唐木政右衛門の部分はあっさりというか簡にして要を得たというか。もっともこういう立て方というのは、以前はまま見られたもので、昭和三八年暮の歌舞伎座で、勘彌が政右衛門に十兵衛、延若が平作と股五郎、雀右衛門がお米、当時扇雀の藤十郎が大内記、門之助が志津馬といった配役で「奉書試合」と「仇討」を「沼津」の前後につけたのなど、腕達者が寄り集まっての小体で気の利いた上演だったと、いま思い出しても懐かしい。

その伝から言えば橋之助が勘彌張りに政右衛門と十兵衛をやることになるわけだが、いずれそういうことがあってもいい筈である。それはともかく、こういう橋之助を見ていると、柄はよし役者ぶりはよし、とりわけ時代物役者としてこれほど条件の揃った役者というのはそうざらにはいないと、つくづく思わされる。あと、何が足りないか。考えるべきはそこだろう。

ここでも、宇佐美五右衛門をやる彦三郎がなかなかいい味を見せる。これも年の功か。お父さんも年を取ってから重い鎧を脱いだかのように滋味ある芝居を見せるようになったが、彦三郎もそうなってくれると嬉しいことだ。万次郎はいまや自在の境に入った如くだし、孝太郎のお谷も、ああこれは「岡崎」につなげたいなと思わせるだけのものがあった。亀鶴の孫八にしても、唯一、「沼津」と両方に出る役としての存在感があったし、市蔵にせよ亀蔵にせよ、国立劇場の芝居として、派手さはなくともそれなりの実質はあったということができよう。

とさて、国立劇場として後なすべきことは、昭和45年以来すでに43年間、上演を絶っている「岡崎」上演を実現することだ。團十郎が関心を示していたそうだが、いまならまだ吉右衛門の幸兵衛と仁左衛門の政右衛門で出来る筈である。45年の上演の時、仁左衛門は股五郎で、我当と秀太郎も志津馬と幸兵衛娘お袖で出演している。経験者はまだ健在なのだ。

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明治座が年に二回、歌舞伎を掛けようというので、五月の染五郎・愛之助・勘九郎・七之助という花形歌舞伎に続いて、今度もタイトルは同じ花形歌舞伎だが、獅童に松也、それに市川右近、笑也、笑三郎、春猿等々と一座を組んでの興行だ。企画としては人気と知名度の高い獅童を中心に、松也を売出し、猿翁一門で固めようという陣容だろう。獅童が自分の出し物として『瞼の母』に『毛抜』、右近が『鳴神』に『連獅子』、その上で『権三と助十』で大同団結という構えだが、一日見終わってみると、右近が座頭で獅童が客分という感じに受け取れる。つまり、右近は確実に自分のなすべきことをし、確実に成果を挙げ、確実に点を稼いだが、獅童の方は、一日懸命の働きをしたが、その割には実のある成果を挙げたかどうか? 獅童には少々厳しい言い方になるが、ここは敢えて率直に言っておこう。

今月の獅童の役で私が一番注目したのは『毛抜』だが、これはちょっとウームという感じだ。『毛抜』を選んだのは理解できる。古典とは言っても、十八番物でも明治出来の新しいものだから、取りつきやすいだろうし、あの扮装といい、役柄といい、獅童には合っているかと思われた。しかし、ひとつの仕草から次の仕草へ移る間隙を埋めるのは身についた歌舞伎役者としての素養であり、味であり、感覚であり、といった曰く言い難いものであることが、獅童を見ていると明らかに透けて見えてしまう。これはおそらく、『毛抜』なら『毛抜』だけを猛練習してもどうなるものではなく、いろいろな役に取り組んでこなしていく内に、おのずから身についてゆく、といった性質のものであるはずだ。やはり場数を踏む、ということは伊達ではない。

セリフが、亡くなった團十郎の声色みたいに聞こえるところが随所にあるのは、映像なりテープなりを見て稽古をした影響だろうが、少々お生なのが気になる。教えを受けたり尊敬していたりする先輩に自ずから似るのは自然のことだし、時にはむしろ微笑ましいことでもあるが、要はどれだけ自分のものになっているかであって、そこまで行かなければ、獅童なら獅童自身の魅力となって発酵してこない。

もちろん、よいところもないのではない。スケールの大きさを感じさせる闊達さは、ゆくゆく、演者である獅童自身と役の上の粂寺弾正とがひとつに重なり合って舞台の上に躍動するようになった時、輝きはじめるに違いない。繰り返すが『毛抜』をこのたびの座頭芝居の演目に選んだのは、その意味では決して間違いであったわけではない。

『瞼の母』は、『毛抜』に比べれば、まずまずと言えるだろう。勘三郎の声色みたいに聞こえるセリフが随所にあるのはここでも一緒だが、芝居が芝居だけに、『毛抜』の場合よりはこなれている。役も、勘三郎なり、かつての萬屋錦之介なりを学んで自分と重ねやすいし、仁にも合っている。『権三と助十』の権三も、その意味では、獅童がすでに身に付けているもので、ある程度こなすことが出来る。獅童自身も、ここではかなり自分を取り戻して演じているように見える。私も、くつろぎを取り戻して楽しむことが出来た。

(秀太郎が特別出演のような形で、水熊の女将の役一役で出演しているが、もちろん芸は結構にしても、先の坂田藤十郎ではないがこのひとも、どこからがセリフでどこまでがお喋りなのか判定がつきかねるところがある。上方の役者にはまあることというが、よく言えば自在の境地、悪く言えば芝居が水っぽくなる。

右近が主役として大きな役に取り組むのを見るのは久しぶりのような気がする。それだけに、随分しっかりして大人の役者になったなという印象を強くしながら見た。笑也との『鳴神』は、これを持って各地を巡演してきたというが、なるほど、二人とも充分に自分のものにしている。笑也も、こういう新しい芝居だと、丸本物などだと弱点とされる、女優っぽくなる点だとか、仕草やセリフが固いなどと、とかく指摘されるものが、逆に新鮮な感覚で生きてくる一面がある。右近も、セリフの言い方などあまり大時代にせずテンポも速く進むのが、肥大した感じが無くて快い。かつての大俳優たちで見てきた『鳴神』よりもスケールはひと回り小さいが、かえってそれはそれで、ヘビー級とはまた違った良さが生きている。この『鳴神』を、私は快く見た。

松也を売り出そうというのが、この興行のもうひとつの眼目であったろう。『供奴』を一幕として踊るという破格の厚遇である。素直な踊りで好感が持てるが、『権三と助十』では助十をつとめる。獅童にしても松也にしても、自分たちの責任芝居だという意識と意欲でつとめているのがよくわかる。それがまた、芝居を弾ませている。しかしここでも一番のヒットは右近の家主で、これはちょっと右近に対する認識を改めさせる面白さがある。(瓢げた感じが、何だか加藤武さんみたいな愛嬌がある。)長屋一同に至るまで、出演者全員が力を合わせている感じが気持いい。そうした中で笑三郎の役者ぶりがひと際、大人である。

しかし今度の明治座公演の白眉は、右近が弘太郎と踊る『連獅子』である。踊りの巧い拙いではない。もちろん二人とも良く踊っているのだが、それよりも、アヽ澤瀉屋の『連獅子』というのはこういうものなんだな、ということが、見ていてつくづくと分かった気がした。かつての、初代猿翁と先代段四郎の盛んなころの『連獅子』というものを私は見ていないが、ふたりが闊達に踊る姿に、何故かそれが彷彿されるように思われた。これは、じつは三代目猿之助にも当代猿之助にも、なかったことである。

それにつけても、せっかく年二回の明治座歌舞伎を何とか定着させたいものだ。一回を今春のような花形歌舞伎、もう一回を、猿之助や中車も加わっての澤瀉屋歌舞伎とするのも手かもしれない。かつて現・猿翁が毎年4月の明治座を根城に数々の復活ものを手がけたように、猿之助や中車や右近たちが、明治座を意欲の実現や修行の場にできるなら、歌舞伎全体の将来にとっても意義ある場となる筈だ、と思うのだが・・・

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新橋演舞場で勘太郎がやっている鄭義信脚本・山田洋二演出『さらば八月の大地』をなかなか面白く見た。昭和一九年から二〇年の戦争終結をはさんでの国策映画会社満映の現場スタッフの動向と人間模様に焦点を絞った構成がよく、演出も、この頃多いドタバタ走り回っては絶叫するようなのと違って、さすがに大人の仕事ぶりで、セリフのひとつひとつが利いている。木場勝巳演じる甘粕大尉をモデルにしたと思われる理事長の人物像に、脚本の、ものを洞察する遠近法の奥行が窺える。

それにしても勘九郎という役者の、ちょっと見には気がつかない懐の深さというものを、こういうものを見ていると思わざるを得ない。少なくとも、父にもなかったものを、子が持っていることは確かだ。中村いてうが、映画スターの付き人役で、ちょいと目に立つ働きをしている。