随談第493回 今月の舞台から

勘三郎随想はちょっと一服して、今月見た芝居の話を何やかやお喋りすることにしよう。

前に新しい歌舞伎座についてのあれこれを書いた時、ロビーのソファが少ないのが難と言ったことがあったが、今度、入れ替え時に二階ロビーに行ってみたら、吹き抜けのところに、前の歌舞伎座とほぼ同じ形にソファが置いてあるのを知った。別にこのブログの効果というわけでもなかろうが、ともあれ、ご報告しておこう。

今月の歌舞伎座が、そうは謳っていなくとも勘三郎追善の含みであることは演目を見ても明らかだが、その観点から言うなら追善の実を挙げた一番は勘九郎の『鏡獅子』ということになる。つまり、故人もさぞや満足、というところ。骨太のところが、父よりも役者ぶりが大きくなる期待を秘めている分、いずれは父勝りというか、父に倣いつつ父とは別の自分の『鏡獅子』を築くことになる予感を抱かせるところが頼もしい。芝翫・富十郎既になく、父勘三郎も亡きいま、既に現在、これに勝る『鏡獅子』はあるだろうか? 菊之助のを久しく見ていないが、いまの菊之助ならどういう『鏡獅子』を見せるだろうか?

月半ばから変わった七之助のも見た。こちらは若女形の役者の踊る『鏡獅子』という趣きで、前ジテ後シテとも、そのたおやかさに七之助ならではの良さがある。兄と競うのはいいことだが、兄と同じに踊れなければいけないと考えない方がいい。兄とは別な清冽さに、七之助の生命があるのだ。

三津五郎が勘九郎の勝奴で『髪結新三』を演じ、勘九郎の太郎冠者で『棒しばり』を踊るのも追善ならではだが、同時に、これらの狂言がこの二人によってこれからも演じ継がれてゆくであろうという期待を抱かせる。もっとも新三の場合は、同じ役同じ狂言が三津五郎という演じ手に変わることによって、今までとはまた別な新三像が出来てゆくという、別な意味、別な興味の方がより大きい意味合いを生じることになる。辛口にきりりと引き締まった三津五郎の新三を、勘三郎の新三に馴染んだ観客がどう受け止めるかという問題もある。

『野崎村』のお光というのは、勘三郎若き日の傑作であり、娘方時代の代表作として生涯のベスト幾つだかに選ばれて然るべきものだが、福助とすればお光という役をつとめるという意味での追善であって、芸としては父芝翫の遺産継承のお光を見せることになる。(勘三郎は、この種の役はもっぱら、梅幸に教わった。)しかしこのお光にせよ、扇雀の久松にせよ、七之助のお染にせよ、弥十郎の久作にせよ、それぞれなかなかの好演でなかなかの『野崎村』になったのは、これはこれで良き追善の役目を果たしたと言える。

七之助にしても扇雀にしても、本来このあたりが「仁」なのだろう。二人とも、『狐狸狐狸ばなし』で意外な役で達者な一面を見せて、それはそれで結構なことだが、自分の本領を知り、耕すことの大切さを、殊に七之助は心すべきであろう。扇雀の『狐狸狐狸ばなし』の伊之助というのは、この人稀代の傑作として、存外この人、こういう辺りを梃子にして化けるかもしれない。殷鑑遠からず、『決闘!高田馬場』(デ、ヨロシカッタデショウカ?)をきっかけに大化けした市村萬次郎という先例もある。

弥十郎の久作を、かつてはこういう役といえば八代目三津五郎だったのを思い出しながら見ていた。特に似ているわけでもないのだが、同じ血筋として争われないものだなぁとは思う。冒頭にちょいと出る女中を芝喜松がやっていて、程よくしながら程よく喝采を浚っている。出るところは出ながら出過ぎない、その加減の的確さはこの種の役の手本というべきか。

終りに出てくる油屋の後家を東蔵がやっていて、とりわけこの人だと、もののわかった良識ある母親という感じがするが、本来の浄瑠璃からすれば、こんな、まるで世話のデウス・エクス・マキーナのような役ではないわけで、かの岡鬼太郎は、自分の言いたいことだけ言うために出てくるようなイヤな婆ァだという意味のことを言っている。しかし、『新版歌祭文』全三冊ではなく、『野崎村』という一幕物として見るならば、このお常さんという「世上の補い心の遠慮」を弁えた「大人」というのは、三島由紀夫が『ダフニスとクロエ』になぞらえて書いた『潮騒』に出てくる村の大人たちと同じような役回りとして、われわれの目に映じることになる。そうだとすれば、東蔵のお常というのはなかなか味わい深いものがある。(かの六代目菊五郎発明になる、幕切れのお光の演じ方にしても、『野崎村』を一幕物として考えてこそ、成立するわけだろう。)

もっとも、話がそういうことになると、舞台が回って裏の土手になるところで、船頭と駕篭屋の口論の入れ事は、今度は駕篭屋の片割れをしている橋吾の名題昇進の花を持たせるためだろうが、一幕物としての完成度ということからいえば、ない方がよいことになるし(それにしても、仮花道なしだと船を上手に入れるのに遅々として進められず、船頭役の三津之助に同情したくなった)、久作や久松が上手屋台(に寝ている筈の婆)を気遣う様子をしきりに見せるのも、丁寧なようで、しかし初心の観客には却って不審を抱かせることになるだろう。やはり婆を出すべきだということになるが、それなら、後家が持ってくる菓子折の金包みのいきさつももっと分るようにすべきだ、ということになる・・と、こんなことは既に言い尽くされて来たことだが、今度の台本は「さもしけれども」というところを「さもしいものなれど」と言い換えるなど、現代の観客に分りやすいようとの配慮をしているらしいフシが随所にあるので、ちょっと蒸し返してみる気になった。

今月の演目で『かさね』だけは、とくに勘三郎ゆかりというわけではない。(累を一度、やっているけれど。そうして、この種の役をつとめる時の例によって、なかなか古風な味わいを見せた佳品ではあったけれど。)しかし、いまこういう場で福助と橋之助でやるのは、また別の意味での好企画と期待した。即ち、勘三郎や三津五郎の次には、染五郎だ、海老蔵だという前に、福助や橋之助たちの時代が来なければならないと私は思っているからで、むしろそういう意味から、今月この場で二人が『かさね』を出すというのは、勘三郎追善の意に叶うというものである。

と、思ったのだが、ところがちょいと案外だった。累といい与右衛門といい、仁は良し、役者としての尾鰭のつき方から言っても、若手連中とはさすがに違うという処を見せてくれていい筈だ。で、それはそうには違いないのだが、いすかの嘴と食い違ったというか、釘が一本多すぎるのか足りないのか、踊りなのか芝居なのか、かゆいところに手が届かないというか、要するにドンピシャリと行かないのだ。この『かさね』というのは、長い芝居の前後を切り取って一幕だけ生かしたもので、何だかよくわからないところがいろいろあるのだが、それでも、見ていると何やら不思議に魅惑されるものがあるのだが、肝心のそれが、利いてこない。

福助の累は、風情といい決して悪いとは思わない。むしろこの責は橋之助により多く負ってもらわなければならないのだろう。たしかに橋之助は踊り手ではないかもしれない。しかしそれをいうなら、かつての白鸚だって、普通の意味での与右衛門タイプではないし、決して踊りで見せるという人でもなかったが、背後にある(筈の)ドラマを感じさせる、役者の踊りとして得心の行く与右衛門を見せてくれたものだ。それを考えると、今度の橋之助は、踊りとも芝居とも、どちらとも徹底していなかった感がある。おそらく橋之助には、少年時代から憧れた尊敬する先輩の誰彼の与右衛門がいろいろ目にあって、それをついなぞっていたのかもしれない。思うにこの人、歌舞伎を愛し過ぎているのではあるまいか。もちろん、愛して何が悪いわけはない。が、ほんのちょっぴり、耳かき一杯分ぐらいでいいから、歌舞伎を疑ったりするところがあった方が、餡子をこさえる時の隠し味の塩のように、味わいを深めることになるのではなかろうか?

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ABKAIなるものありて第一回自主公演を渋谷シアター・コクーンにて開催す。海老蔵の会の心ならむ。歌舞伎十八番『蛇柳』の復活と新作歌舞伎『はなさかじいさん』を試む。『蛇柳』は高野山奥の院にありしといふ霊木の精の伝説に基き松岡亮これを脚色し藤間勘十郎これを振付・演出す。『はなさかじいさん』はお伽噺「花咲爺」に基き宮沢章夫これを作り宮本亜門これを演出す。どちらも、まずまず無難の作なり。

『蛇柳』はこの種復活ものの例に洩れず、先行諸作のいいとこを採り破綻なくアレインジす。能仕立てにせしはその典型にして、且つこの他に妙案ありとも覚えず。アヽいつものデンかと心もち退屈させておきて、最後に至りて、後ジテ蛇柳の精を演じつつありたる海老蔵、突如、これまた歌舞伎十八番の一なる押戻しにて登場、アレっと思わせるトリック、まずは図に当りたるは目出度し。

『はなさかじいさん』は、正直爺さんの飼犬シロを、桃太郎のイヌと綯交ぜにせしところがミソにて、近年はやりの(とはいえ、その濫觴は遠く芥川龍之介にあり)桃太郎悪人説をテレコにし、3・11後の世情荒廃を持ち込みしところが作者の働き。まずそれはよしとして、残る問題はそれを如何に歌舞伎の文法に添わせつつ新機軸を打ち出すか、演出力にあり。良識家宮本亜門は、一方に作者宮沢の顔を立て一方に歌舞伎愛好者連の顔を立て、役者海老蔵の仁と愛嬌に後事を託せしかと覚えたり。まずは無事にて、目出度さも中くらい、かな?

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故中村富十郎の遺児中村鷹之資が故人三回忌に因んで「翔の会」を国立能楽堂で催した。番組は、藤間勘祖振付で妹愛子と『菊寿の草摺』、片山幽雪指導、地謡片山九郎右衛門・味方玄で仕舞『松虫』、藤間勘祖振付で『越後獅子』の三番、すべて素踊り形式でつとめた。早や中学二年生だそうで、衣装をつけていないだけ却ってその成長ぶりに驚く。妹の愛子にしてもだ。まずはしっかりと楷書の踊り、と言ってしまえば紋切型のようだが、とりわけ『越後獅子』には感心した。亡父の使ったという子供にはやや長めの晒を見事に捌いた。身体がきちんと踊れていればこそであろう。

学習院の中学校に学ぶとの由だが、会場はその級友や親御さん方と思しき人たちも大勢詰めかけ華やかなこと。そういう一人、いや二人か、パパと思しき二名の紳士が幕間に交わしている会話が、通りすがりに小耳に引っかかった。「そもそもトミジュウロウって、何?」「いやあ、ハハハハ」だってさ。

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国立劇場の歌舞伎音楽研修者の発表会「音の会」と、歌舞伎会・稚魚の会合同公演をそれぞれ見る。『蝶の道行』は竹本の人たちの方が発表の主役なわけだが、藤間勘祖の振付で鴈之助と国矢が小槇と助国を踊る。『蝶の道行』というと、武智鉄二演出で、はじめに(蛾みたいだ、と陰口が聞かれた)つがいの蝶がスクリーンに写るところから始まる新舞踊風のばかり見せられていたことに、改めて気が付く。歌右衛門と梅幸の連舞なんて今も目に残ってはいるが。『吃又』は又之助の又平に京妙のお徳というのだから、なかなか見ごたえがある。いつも腰元で並んでいる京紫が将監の北の方になるなど、評とは別に、いつもと違う顔が見えて興味深い。

この『吃又』にせよ、合同公演で出した『引窓』にせよ、竹本の芝居だと、それぞれがそれぞれなりに手一杯にやっているのがすんなりと見ていられるのだが、『修禅寺物語』となると、若い人たちにはこういう芝居の方が却って難しいのだなあと、改めて知らされる。学校演劇など(いまはどうか知らないが)アマチュアでもよくやる芝居だけに、ひょっとすると、そういう人の方が結構巧かったりすることもあり得るわけだ。

富十郎門下の富彦と魁春門下の春之助による『団子売』がなかなかよかった。

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このところ毎夏、「趣向の華」という公演を見ているが、なかなか面白い。染五郎と藤間勘十郎、尾上菊之丞の三人が肝煎りになって、若手花形未満ぐらいの若い連中が紋付袴というなりで芝居をする。つまり踊なら素踊りというわけで、勉強にもなろうし、また一種独特の面白さも生まれる。今年は、壱太郎が春虹(シュンコウ)という名前で脚本を書き、演出をするという、袴歌舞伎『若華競浪花菱織』なる、いうなら御家狂言。いろいろな有名作から有名場面を取り込んで、どこかで見たような場面を散りばめながら運んで行くのが、それなりに飽かせずに見せる。『再岩藤』の中にお初徳兵衛の話を二番目狂言風に取り込んだり、『伊勢音頭』の追っかけを取り込んだり、なかなかうまくできている。歌舞伎のいろいろな典型場面を若手が真面目に取り組むことで、おのずから歌舞伎の「文法」を身に着ける勉強にもなるわけだ。

といって、これが新作歌舞伎として麗々しく名乗ったのでは、またちょいと大仰なわけで、これなら国立の小劇場でやってもいいのでは?とちらりと頭をかすめたりもするが、やはり野に置け蓮華草、お遊びも兼ねた、そこが「趣向」の華というわけなのだろう。

今年は(おそらく会場が確保できなかったのだろう)内幸町ホールという、あまり向いているとは言えない会場だったが(その割には、屏風を使っての場面転換など、なかなか気が利いていた)、例年は日本橋劇場という場所も良し、ロビーは着飾ったPTA連が華やかで、気後れがするほどだ。

今年は友右衛門と亀三郎が上置き格(友右衛門の立派なこと。失礼ながらちょっぴり認識を改めるほどだ)、亀三郎の役者ぶりのよさも、ふだんとはまた違った側面に気付かされる)、廣太郎と隼人が今回の主役。種之助が役名も又助、先月歌舞伎座で志賀市をしたばかりの玉太郎が志賀市の穴を行く乙市なる役を、もちろん本息でやるのが全編の見どころだったり、米吉のお初と廣松の徳兵衛が狂言回し風に活躍したり、ついこないだまで子役だと思っていた梅丸が意想外の一面を見せたり、平素の舞台では気が付かないいろいろな発見があって、こちらもいろいろな意味でベンキョウになった。